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前ページ次ページKNIGHT-ZERO カ マテ! カ マテ! カ オラ、カ オラ! テネイ テ タンガタ プッフル=フル ナア ネ イ ティキ マイ ファカ=フィティ テ ラ! ア ウパネ! ア フパネ! ア ウパネ! カ=ウパネ! フィティ テ ラ! ヒ! (訳) これは死だ。これは死だ。これは生だ。これは生だ。 この男が私を助けてくれた。一歩、一歩太陽に近づく マオリの民族舞踊"ハカ"より 白い国の短い初夏が終わり、消えぬ薄雲に包まれた空中大陸特有の霧雨が降り続くアルビオン ルイズとKITTはトリスティン統治下にあるアルビオン西部地方アイルランドの首都ベルファストに居た 情報将校 それがアンリエッタ女王により、アルビオン駐留軍に従軍するルイズに与えられた軍務と地位だった KITTのそれまでの稼動記憶を蓄積した人工知能は複雑な気持ちを有していた、ルイズが得たのは かつてのパートナーだったマイケルがROTC(大学予備役科)から入隊した米陸軍での兵科と同一のもの そしてマイケルは地獄のベトナム戦争で心と体に深い傷を負い、その傷が後の彼の運命を流転させた アルビオン駐留トリスティン王国軍の本拠として徴発されたユーロパ・ホテルの階段をルイズは降りていた この老朽ホテルをベルファストの最高級ホテルとして提供したアイルランドの連中もいい面の皮だが 最上階に篭ってこの国の特産であるウイスキーやサイコロゲームに興じる老貴族にもうんざりしていた 特務士官として駐留軍の大概の場所に出入りする特権を持ちながら、士官会議への出席義務の無い立場 着任報告以来久しぶりに来た統治軍最高司令部でも、ルイズは"ヴァリエール家のお嬢ちゃん"扱いだった ホテルの上階、ルイズにあてがわれた続き部屋のあるフロアを素通りして一階まで降り、正門から外に出た ルイズは自分のために手配されたホテル貴賓用のスイートルームを、荷物置き場にしか使っていなかった 灰色の空の下、ルイズはクロークに預けていた革ジャンのジッパーを締め、ポケットに手を突っ込み歩く 占領軍目当てにホテル前で店を出してる露店でワインやパイ、チーズ、ハム、お茶を買い、軍票で支払うと そのままホテルに引き返し、国風そのものの武骨な建物を回りこんで、裏手にある馬車溜りに向かった ずっと置きっぱなしになって朽ちかけている竜籠の影に霧雨に濡れた黒いボディが見える、赤い光の往復 CGとペジェ曲線が導入されるより前、デザイナーのフリーハンドによるボディデザインの最後の世代 デトロイト製の2ドアクーペが持つ官能的な姿に、ホテルの中からずっと仏頂面だったルイズの顔が綻ぶ ルイズは両手に紙袋を抱えたままKITTに音声指示で操縦席側のドアを開けさせ、その中に滑り込んだ 異国にあっても変わらぬルイズの我が家、慣れ親しんだタン色のバケットシートに沈み、操縦桿に触れる 待機状態だったV8水素核融合エンジンが始動し、腹ワタに染みわたる重低音がルイズを優しく包んだ 食料の詰まった袋を助手席に放り出し、両足をコントロールパネルの上に乗っけると、ルイズは息を吐いた 「なるほど、お父様があっさり許可するわけだわ、これじゃお空の上の大陸まで避暑に来たようなもんよ」 KITTのボイス・インジケーターが点滅して唇を形作り、ルイズの全身に心地よく触れる声が聞こえてきた 「ルイズ、何か新規の情報は収集しましたか?アンリエッタ様への定時報告の時間まであと15分ですが」 ルイズは紙袋の中身をを漁り、アルビオン貴族が好んで読む"新聞"の上に食料を広げながら返答した 「なぁ~んにも、何も無し、女王陛下に謹んでご報告します、本日の議題はこの国の酒と飯と女の味、と」 ワインの小瓶を取り出すと、安物ワインやエールでコルクの替わりに使われているゴム栓をひっこ抜いた 「付け加えることがあるとすれば、この国はジジィ貴族のいい廃兵院として機能してるって事ぐらいね」 ルイズは紙袋からパイを取り出し、革ジャンの内ポケットから革鞘に納まった小さなナイフを抜いた 古参兵によると従軍に一番必要なものは手ごろなナイフで、それは武器よりも生活道具として必須だという そのナイフはベルファストの古道具屋で買った物で、デルフリンガーとかいう大層な名前がついていた ルイズはシエスタが持たせてくれたクックベリー・ジャムの瓶詰めを開け、ナイフに山盛りにすると パイに塗りつけ始めた、ルイズの大好物のクックベリー・パイはホテル近くのパン屋にはなかった 店主に「兎のミートパイもキーライムのパイもあって、なんであんなに美味しい物が無いの?」と聞くと チェリーパイが自慢の店主は「なんであんな不味い物を置かなくちゃいけないんだ?」と聞き返してきた このクソ爺ィ、と思った、まぁごもっともだな、とも思った、とりあえず何も入ってないパイを買った 蜂蜜と果汁の入ったワインを学院の料理長から借りたクリスタル・グラスに注ぐと、一息に飲み干した 甘口ワインの弱いアルコールが胃を暖め、体をほぐす、ルイズがこの国に来て覚えた食欲増進の儀式 酔いで少し熱っぽくなったルイズはカーステレオをつけた、エンヤが故郷の神話世界をケルト語で唄う KITTが生まれ、かつて過ごした異世界にも存在するというアルビオンと、その国で生まれた歌 以前はあまり馴染まなかった優しい歌も、この地で聞くと悪くない、酔っ払って聞くともっといい ルイズは手製のクックベリーパイとナイフで削いだパンとハム、牛乳と砂糖の入ったお茶の食事を終えた 豚毛の筆型歯ブラシで歯を磨く、ルイズは他の多くのトリスティン人と同じく塩と灰で歯を磨いていたが アルビオン製のミント入り歯磨き粉は気に入った、不味いと言われたこの国の食事も、平民の軽食は旨い 水筒の水で口を漱いだ、ホテルで貰ったアルビオンの湧き水はトリスティンの硬水よりも口当たりがいい 歯磨き粉入りの水を石畳に吐いたルイズは、白い歯をデルフリンガーに映した、やはりナイフは役に立つ その後ルイズはアンリエッタに預けているKITTの通信装備、コミュニケーター・リンクを呼び出し 三時のお茶に合わせた定時報告を行った、今日も会話の内容は茶菓子を摘みながらのお喋りが殆どだった KITTが遠距離ソナーで傍聴し、要点を纏めて送信している定例会議の内容もさして中身の無い物だった 「ねぇKITT…このままわたし、アルビオンの名産を喰い散らかしながら従軍任務を終えるのかしら?」 茶菓子と新聞と衣類、そして酒瓶で散らかり、すっかり快適な住居となった車内にKITTの声が響く 「私にはそれが決して悪しきことではないと思います、あなたは最近よく動いた、静養が必要でしょう」 ボロ布でデルフリンガーを拭き、ジャムを丁寧に落としていたルイズは、鋼の輝きを見つめながら呟く 「…わたしね、思うの…動くわよ…この先、この国が、この空中大陸が…まるで嵐の中の船みたいに、ね」 ランチマット替わりの新聞には「ロンディニウムの修道院が積極的な救貧活動」の見出しが踊っていた 夕暮れ、ホテル裏に停めたKITTから出たルイズは、ぶらぶらと歩きながら表通りにある酒場に向かった 魅惑の妖精亭 駐留兵士の慰問のために運行される船に乗って、多くの商人が植民地で一旗揚げるべくこの国に来ていた その店は主に着飾った娘達が男性に酒と食事を出す店で、ルイズは最初、自分には無縁だと思っていたが 酒場での情報を目当てに入り、その料理のうまさに驚いたルイズは、以後の夕食を主にここで摂っていた 薄鉄の鍋に炎を上げながら料理する主人が出してくれる料理や「麺」とかいうパスタは刺激的な味がした 聞けば店主スカロンはタルブの出身で、シエスタの縁戚だそうだ、そのスカロンという男はシエスタとは 似ても似つかぬむさくるしい巨漢だったが、娘で店の看板のジェシカは確かに似てる、黒髪と生意気な胸 ジェシカはシエスタの父から聞いた、戦艦と竜騎兵に立ち向かいタルブを救った騎士の話をしてくれた ルイズが「それ私」と言うと、よほどウケたらしく桃りんごのシードルをむせさせながら大笑いしていた ルイズにはそれより、スカロン店長の人間離れした容姿のほうが印象的だった、とても筆舌に尽くせない 閉店の時間にルイズを迎えに来て彼と対面したKITTの最初の第一声は「うわっシッシッ!あっちにいけ!」 ジェシカや店の妖精達がKITTを見て「ガーゴイルの使い魔なんて、ヘンなの」と言う中、スカロン店長は 「82年式のトランザムね、これ、燃料噴射装置がすぐ壊れるのよ」とルイズに理解できない感想を述べた 「いらっしゃいませ~、お客様、パイプか葉巻は嗜まれますか?、ではこちらの喫煙席にどうぞ」 ルイズはKITTのボディのような深い漆黒のビスチェに身を包み、愛想よく貴族の客を案内していた 魅惑の妖精亭に通うようになって数日、スカロンの熱烈なスカウトを受けてこの店で働きはじめていた 初めの内は夕食が目的で、食事と食後のワインを楽しんだ後は、勘定と充分なチップを払い帰っていたが スカロン店長が作ったスロットとかいう異世界の博打に金を吸われ、ルイズの懐は早々に寂しくなった 慌ててアンリエッタに調査経費の追加送金を頼んだ所、偶然、公務でその場に居たのは母親のカリーヌ …「自分で何とかしなさい」… 通信は切られた、ルイズは通信機越しに母の鉄拳を恐れ震えあがった ホテルでルーム掃除をするか、銀行でも襲うかと考えた結果、ルイズは気心の知れた店で働くことにした 初めてのバイト経験、同年代に近い女店員(スカロンに言わせれば妖精たち)との話は弾むことが多かった ルイズは最初の内、豊満で色っぽい妖精達に気後れして、目立たぬ給仕と厨房の手伝いを希望していたが 学院制服のミニスカートで配膳をしている時に、何か勘違いした中年貴族に指名を受けたのをきっかけに すっかりルイズは店の妖精の一人として馴染んでしまっていた、チップの集まりは中の下くらいだった ルイズは「情報収集のため」と自分に言い訳をしていたが、実際は無為な宮仕えには無い刺激を求めていた 夜更け過ぎ スカロンによって閉店時刻と決められた"てっぺん"と呼ばれる日付の変わる時間に近くなった頃 客の酔いが進み、財布の紐が緩くなる店の稼ぎ時に、店内で酒場には付き物の騒動が起こった トリスティン駐留兵らしきゴツい男の一団が店の奥にあるテーブルを占め、辺り憚らぬ声で騒いでいた バーカウンターで静かに飲んでいたオークの商人が顔をしかめながら勘定とチップを支払い、店を去った 八分ほど入っていた客の内の何人かが、普段とは打って変わって騒がしい店内を嫌い、早々に引き上げる 客が食事を終えた後の酒の時間が妖精達の稼ぎ時、上客を追い出す迷惑な兵士達は、どうやら貴族らしい 酒の席では身分を忘れるという暗黙の了解によりマントを外して寛ぎの時間を楽しんでいる貴族達の中で 本国を追い出され占領地に流れてきたらしき貴族兵は、揃って軍の部隊章の入ったマントを羽織っていた 酒場のマナーも知らない田舎メイジ達は貴重な輸入ワインを次々と抜き、泥酔者特有の大声を上げている テーブルに並んだガリア・シャンパーニュ製のスパークリングワインの値段には不釣合いな粗末な軍服 飲み代を払う気があるかも怪しい、当時そういう下級の駐留兵により踏み倒しがあちこちで起きていた 統治国派遣兵の徴募に応じた貴族の中には、普段は山賊や盗賊で食っている無法者連中が少なからず居た 貴族兵の一人が杖を振り、テーブルについていたジェシカの緑色のビスチェの裾を風魔法でめくった ジェシカは田舎育ちのデカい声で罵ろうとしたが、啖呵を飲み込みながら愛想のいい笑顔を浮かべる やり取りを見ていた他の妖精達が顔を見合せる、ジェシカの翡翠像のような笑顔は初回だけの執行猶予で 懲りずに二度目の狼藉を働けば、即座に彼女の蹴りが無礼な客のコメカミに叩きこまれる事を知っていた 皆が困惑する中、バーカウンターでシェーカーを振っていたスカロンが尻を振りながら近づいてきた 異世界で「モンローウォーク」と呼ばれる歩行法を見た貴族達は、獣の威嚇を見た時のように身構える 「困りますわ~、あたしのお店では魔法はご法度よ、そんな怖い顔しないで楽しく飲みましょうよ~」 目の前に立ちふさがるマッチョなオカマの前に、体格にコンプレックスがあるらしき小男の貴族兵が立ち その背に不似合いな長槍型の杖を突き出すと、こちらはチビにお似合いな甲高い怒鳴り声を上げる 「おいバケモノみたいなオッサン、相手見て物を言えよ、俺達ぁ戦勝国トリスティン陸軍の伍長様だぜ」 スカロンが小男の大杖で突かれた、後ろにひっくり返った拍子に真っ赤なビスチェがまくれ上がる 彼が競走馬のような腿を晒しながら発した「いやぁ~ん!」という声に三人の貴族兵が揃って笑った 「魔法を喰らいたくなきゃ平民風情は引っ込んでろ、野蛮なアルビオン人を貴族様が教育して何が悪い」 目の前で父を突き飛ばされたジェシカは震えながら直立し、男達に向かって膝に額がつくほど頭を下げる 日本の営業マンのようなジェシカの深いお辞儀は、得意のハイキックに備えて腰を伸ばす準備運動だった 頭を下げるジェシカの姿を屈服と勘違いした肥満体の貴族兵が彼女に杖を向け、悪戯をしようとした ジェシカは頭を下げたまま上目遣いに「霞」と呼ばれるコメカミの急所を確認し、「覇~」と息を吐く 誰もが息を殺してやりとりを見守る、酒場に似合わぬ静寂が支配する中で、店の隅の席がガタっと鳴った 入り口脇の小卓で、指名がご無沙汰のため会計仕事をしていた黒いビスチェの少女が静かに立ち上がった ルイズの周りの空気が凶暴に歪む、鳶色の瞳はKITTの赤いフロント・スキャナーのように輝いていた 「この貴族の恥さらしが…いい加減にしないとあんたら…その髪の毛の一本も残さず…ゼロにするわよ…」 ルイズは一団の最古参らしき背の高い男の前に歩み寄り、自分の黒いビスチェの胸元を開いてみせた その中身、女性なら谷間があるであろう部分を上から見下ろしたメイジに「お、男…?」と言われた瞬間 この場を穏便に解決しようとする気持ちを思い切りよく捨て、襟裏に付けた金の延べ板を見せつけた 「その目ん玉が飾りでないならよ~くごらんなさい!我が名はルイズ・フランソワーズ・ド・ラ・ヴァリエール 特務情報士官として女王陛下より少尉待遇の地位を得ているわ、あんたらの親分やってる軍曹殿の上官よ」 ルイズがビスチェの襟裏につけていた近衛少尉の階級章を見た陸軍下士官の男達は、指差して笑い出した 「こちとら便衣兵や不正規兵を相手にしてんだ、そんなペテンに引っかかるかよ、貴族ごっこの平民女が」 占領地ではよくゲルマニア系の彫金屋が店を出していて、模造の勲章など駐留兵向けの土産物を売っていた ルイズは突き飛ばされた、張り手で突いただけとはいえ男の力、思わず呼吸が止まり、目の前に星が飛んだ 襟がめくれた拍子に見えた葡萄の葉のメダル、頼みもしないのに付けられたオマケを見て、男は鼻で笑う 「生意気にタルブ従軍章まで偽造しやがって、アルビオン騎兵と戦った勇士がこんな所に居るかってんだ」 初めて味わう男の暴力に、ちょっと前のルイズなら恐怖と動転で頭が真っ白になっていただろう ルイズは雲海の中を航行するクリッパー(快速帆船)の甲板で、所在なさげに舷側に寄りかかっていた トリスティンの軍港アムステルダムからアルビオンまでのKITTとの船旅、幸い船酔いとは無縁だったが KITTは現在、帆船の客室を二間ブチ抜いた臨時の車庫で、厳重な警備兵の監視の下で保管されている 特務士官ルイズもまたアンリエッタの命令により客船並の船室を与えられ、快適な船旅を過ごしていた 船上でKITTに乗る事は許されていなかった、船の王といわれるボースン(甲板長)には逆らえない その空族上がりのボースンははどこかで、この使い魔がアルビオンの戦艦を破壊した事を聞いたんだろう タルブ村侵攻の後、座礁した戦艦レキシントンは砲や風石機関をアルビオンの戦後処理官が持ち去った後 村からの再三の撤去要請にも関わらず放置された、シエスタの父はサルベージの困難な大型戦艦の解体を ルイズに依頼し、喜んで引受けたルイズは戦艦にKITTを突っ込ませて5分少々で薪の山にしてしまった ルイズは上空の冷気に身を震わせ、シエスタから借りた革ジャンを着込むと、暇に任せて甲板を歩き始めた 高度3000メイルまでの上昇航路に乗った風石帆船は、出航直後の忙しい動索操作が終わったらしく マスト上の見張り台に立つ船員を残して、残りは船乗りにとって値千金の睡眠時間を過ごしている様子 ルイズは甲板を走り始めた、陸と空の長旅で日課のジョギングも疎遠になり、体は運動不足を訴えていた 揺れる甲板でのジョギング、足首の柔軟さを求められるランニングにもすぐに慣れ、規則的に走るルイズ 後ろから、同じくリズミカルながらテンポの速い足音が近づいてくる、濃い霧の中で姿はよく見えない ルイズはフットボール選手のように後ろ向きに走りながら、足音と軽甲冑の発てる金属音の正体を探った 走ってくるのは一人の騎士であることを知った、髪の短い若い女、シュヴァリエになって日が浅いらしい ルイズはジョギング仲間が出来たと思い、手を振って挨拶をしようとした、向こうも手を振っている その騎士の振られた手には、長く鋭い剣が握られていた、サーベルはルイズに向かって斬りかかってくる 濃霧の船上で、ルイズはサーベルを振り回す狂戦士から逃げ回った、剣先が掠り、肌に冷たい感触を残す ルイズは無言で剣を撃ち込む女騎士から必死で逃げたが、上空の薄い空気に息が切れ、甲板に倒れこんだ ルイズの鼻先にサーベルが突きつけられ、続いて鉄甲の入った靴で腹をめがけて蹴りが飛んでくる 「わたしは銃士隊のアニエス・ド・ミラン曹長だ、貴様がルイズ・フランソワーズ・ド・ラ・ヴァリエールか アンリエッタ女王より貴様の鍛錬を受け持った、さぁ立てルイズ、まずは走れ、倒れるまで走るんだ」 ルイズはアニエスのヤクザ蹴りを転がって避けながら、主人の危機にKITTが助けに来ない訳を知った 「新米シュヴァリエが何呼び捨てにしてんのよ!わたしはヴァリエール家三女、姫様直属の特務少尉よ!」 甲板を転がりながらルイズは威勢だけはよく怒鳴ったが、アニエスは潰す前の虫を見るような目で見下げた 「陸に下りたら少尉とも閣下とも何なりと呼ぼう、しかしこの船に居る限り貴様は只のルイズだ、いいな?」 ルイズの反論はアニエスに尻を蹴られた拍子に出た「ひゃっ!」という情けない悲鳴にしかならなかった ルイズは甲板で腕立て伏せをしていた、汗まみれで上空の冷気を感じなくなる、薄い空気で息が切れた 「一体…何をやらせようってのよ…わたしは護身術を習ってるんで…力自慢にろうってんじゃないのよ」 胸が床につくまで身を沈める、ルイズは胸と床の距離の関係で他の女性より少々余分に苦労させられた 「貴様ら貴族士官は揃ってシャバではろくでもない暮らしをしてた奴ばかりだ、まずその鈍った体を オーバーホールしないと使い物にならん、…それからこの船の上で、私に疑問を持つことは許さん」 船旅は退屈とは程遠い物になった、日中は過酷な筋力鍛錬で絞り尽くされ、大味な船員飯がうまかった 夕暮れ後、ルイズはフラフラになりながらも、船室に戻らず船の先端近くにある錨鎖庫に入り込んだ 「…KITT…ねぇKITT……起きてる?わたしよ…今日も…寝るまで…お話、しよう…」 ルイズは舫綱に座り込みながら壁に向かって話しかけた、KITTの船室と隣り合った、ルイズの秘密の場所 日中の鍛錬を開放された後のKITTとの夜のお喋りは、ルイズにとっての唯一の安らぎの時間だった 「ルイズ、彼女はかなりのサディストですよ、私の世界で彼女に並ぶのは声優の風音嬢ぐらいでしょう」 「わたしあ~いうドSな女が一番苦手だわ、ほらわたしってKITTの扱いといい、かなりのMじゃない?」 KITTの船室の中で何かドンガラガッシャ~ン!という音がした、反論を考えすぎてエラーを起こしたらしい 船上での鍛錬はその時間の殆どを体力作りと走りこみに費やされ、護身術は最後にほんの少しやっただけ 単調な鍛錬の中で突然、アニエスが蹴りや木鞘での一撃を喰らわせる事もあり、気の休まる暇も無かった 数日の船旅の後、ルイズの乗った帆船はアルビオン南西部、統治軍共同の軍港グラスゴーに接岸した 桟橋にKITTを降ろす作業に立ち会うルイズの元にアニエスがやってきた、いつも通りの傲岸な目つき ルイズがKITTと共にアルビオン本土に降り立った途端、アニエスは鞭打たれたような直立不動で敬礼した」 「トリスティン王宮直属特務情報士官ルイズ・フランソワーズ・ド・ブラン・ド・ラ・ヴァリエー少尉殿 任務の成功と無事の帰還をお祈りします、並びに、艦内での不敬な言動を深くお詫びいたします」 ルイズは学院で従軍経験者のギトー先生から少し習った不慣れな答礼をする替わりに、右手を差し出した 「…ルイズでいいわ…」 「もったいないお言葉であります、私アニエス、貴官の訓練に従事できた事はこの上ない誇りであります」 ルイズとアニエスはしっかりと手を握り合った、互いに相手の手を握り潰さんばかりに握力を篭める アニエスは握手の時、ルイズの目を見て囁いた、船上でルイズを震え上がらせた、虫を見るような目付き 「ルイズ、アルビオンで何かあった時は、ベルファスト治安維持部隊の三番隊に私が居ることを思い出せ」 ジェシカが店の若い従業員に、急いで駐留軍が詰めている屯所に知らせにいくように耳打ちしていた 「あ~、ジェシカ、お願いがあるの、騎士隊を呼ぶなら、くれぐれも三番隊だけはやめてちょうだい」 ルイズはビスチェの懐に手を突っ込み、こっちは偽造出来ない水魔法紙の身分証明書を取り出そうとした 「あれ…忘れた」 ルイズの身元と地位を証明できるのは、たった今笑いものにされた階級章と、身分証明書だけだった 「ちょ…ちょっと待ちなさい!ホテルに置き忘れてきただけだから、今、届けさせるから!」 ルイズは嗜虐の笑みを浮かべて歩み寄る三人の貴族兵士を手で制しながら、店の周囲の壁を見回す 「…ここがいいわね」 ルイズは店の隅、急ごしらえで建てた店の粗末な壁に、帳簿つけに使ってた黒鉛の筆で大きな丸を描いた KITTは既に傍聴した会話から危険を察し、ホテルの馬車停めから急発進して表通りを疾走していた 北米の幾つかの州では、出動前の消防車ではハードロックをかけて隊員を鼓舞することが定められている KITTはその規則に従い、ルイズのお気に入りを入れてるミュージックフォルダからランダム再生した その晩、KITTが駆け抜けたベルファスト中心街に、デトロイド・メタル・シティのサウンドが響き渡った KITTはこの歌詞を解する人間が居ない事を感謝し、この曲がハルケギニアでカバーされない事を祈った 近づいてくるV8のエンジン音とクラウザー様、貴族兵が身構え、少女達が不安の表情を浮かべる中で 妖精達をカウンター内に退避させたスカロンだけはなぜか懐かしそうな表情で、その音に聞き入っている 貴族兵がルイズに向かって杖を振りかざした、炎のスペルにも動じずルイズは挑戦的な笑みを浮かべる 「ねぇ、田舎貴族のオッサン、あんたは一流ホテルのルームサービスなんて、頼んだことないでしょ?」 ルイズがつけた印に沿って壁が吹っ飛んだ、赤い光、KITTの黒いボディが店内に飛び込んでくる SATSU-GAI! KITTのノーズに炎メイジの貴族兵が跳ね飛ばされる、突入時の速度調整により無傷なのは言うまでもない 「お待たせしました、ルイズ、ご指示通りアンリエッタ女王発行の身分証明書をただ今お持ちしました」 接客のあまり丁寧でないルイズへの面当てのような馬鹿丁寧な口調、叱ろうにもつい顔はニヤけてしまう 「わたしの"ホテル"はムチャクチャ速いのよ」 ルイズはKITTの車内から、夕べサンドイッチを食べる時にナプキン替わりにしていた紙を取り出した 身分証明書を見せるまでもなく、貴族兵達は奇怪な黒い物体に恐れを成し、じりじりと後ずさっている その時、店の端から悲鳴が上がった 兵士の一人が店の妖精を後ろ手に捻り上げ、底を叩き割ったガラスの酒瓶を彼女の顔に突きつけていた 見てくれの割りに戦場の経験の無い兵士、彼は未知の魔法アイテムが持つ力の前に理性を失っていた 恐怖から生存の本能を剥き出しにした彼が突きつけているのは杖ではない、彼はもう、貴族ですらない ルイズは震える手を振ってKITTを下がらせた、握り締めた拳で黒いビスチェのスカートを押さえた ルイズがKITTと共に活動するようになって知った、この世界にはあまりにも不似合いな不殺傷の思想 後に虚無の系統に開眼したルイズは、自分がエクスプロージョンという前代未聞の魔法を使えると知った 今まで狙った場所が爆発した試しの無い味方殺しの魔法だったが、その未曾有の破壊力を得たルイズは KITTの能力と自らのエクスプロージョンの魔法を、決して人を傷つける事に使わない、と誓っていた 「それは、それ!」 ルイズは黒いビスチェのフリルスカートを翻し、腿のガーターから抜いた杖を貴族メイジに突きつけた 「これは…これ!」 ルイズは自らの体内を巡る力を加速させ、目の前のクソ男を吹っ飛ばす特上の爆破魔法を唱え始めた 詠唱を完成させようとするルイズの前に、足音一つ発てることなくスカロンの巨きな背中が立ち塞がった 素手や剣の届かぬ双方の位置関係は、平民が剣や銃を持っていても貴族の魔法には決して勝てない距離 スカロンの爪先がキュっと鳴った瞬間、間合が一瞬で詰められ、酒瓶を持った男が店の端まで吹っ飛んだ 別の男がエア・ハンマーを乱れ撃ちするが、スカロンはその攻撃を左右の拳で砕き、腹にフックを打ち込む もう一人が炎の魔法を発動するより早く、術者保護のため魔法が発動しない直近でジャブ連打を浴びせた あっという間に三人の貴族が床に昏倒した、以前に何度か同じ光景を見たらしき店の常連達が口笛を吹く ルイズが唖然と見つめる横で、KITTが突入に備え上昇させていたエンジン回転数を下げ、声を漏らした 「拳よりその足さばきが私のライブラリーに残っていました、あなたもまた、地球からの召喚者ですね」 「あなたが最初の防衛戦の直前に突然姿を消したことを悔やんでいるボクシング・ファンは数多くいます 北米、環太平洋クルーザー級王者、18試合18勝12KOの重量級新人王、石 夏龍(hsu karon)さん」 スカロンはクネクネさせながら、たった今凶器として使った拳を両頬に当て、恥じらいの声を上げる 「なぁ~んのことかしらぁ、 私はこの魅惑の妖精亭の主人、チクトンネの美の化身、スカロンよぉ~」 KITTの情報によれば、シエスタの曽祖父を始めとする異世界からの召喚者達はあらゆる所に居るらしい ある者は地球への帰還を試みて果たせず失意の内に死に、ある者は召喚の影響で記憶を失ったまま生き そしてそれ以外の人々は意外な所に意外な形で居るらしい、おそらく、それは地球でも同じかもしれない スカロンのパンチでメイジ達がノックアウトされ、やっと騒ぎが終息した頃に騎士隊が駆けつけてきた 「何だルイズ、貴様か、どこかしらで騒ぎを起こす奴だとは思ってたが、酒場の喧嘩とは随分安っぽいな」 女性だけの騎士隊、トリスティンでは貴族に替わり武装した平民を中心とした銃士隊の運用が始まっていた 「ホントにルイズって呼ぶんじゃないわよ!ヴァリエール少尉よ!sirをつけなさいアニエス曹長!」 アニエスは面倒臭そうに襟を見せた、中尉の徽章、外地勤務で騎士隊副官昇進のボーナスを貰ったらしい 「なるほど、店員から話は聞いたが、こいつらは札付きでね、これで不名誉除隊は免れられないだろう スカロン殿の店は軍のお偉方にも好かれてたからな、ヘタすりゃ貴族廃籍だ、まぁ自業自得だな」 「こいつらは貴族じゃないわ、自分のやった事の責任を取れる人間、決して逃げない者を貴族と言うのよ」 ルイズが渋面で呟きながら再会の握手の手を差し出すと、アニエスはそのままルイズの手を引き寄せた 「さ、来いヴァリエール少尉殿、どうせ貴様も手を出したんだろう、事情聴取くらいさせて貰うぞ」 「ちょ…ちょっとアニエス!店長よ!みんなスカロン店長が殴り倒したのよ~!わたし何もしてない~~」 アニエスはスカロンのほうを向くと、アルビオンの港でルイズに見せた時よりずっと丁寧な敬礼をした 「スカロン店長、報告書その他の書類の体裁は、私とこのヴァリエール少尉殿が整えておきます 店長は心置きなく店の復旧をお急ぎください、被害は後ほどこの男達の俸禄から弁済させますので それから…我が銃士隊一同は、あなたが再び拳闘と柔術の稽古にお越し頂くことをお待ちしております」 隊員達に将軍の閲兵のような敬礼をされたスカロンは、キラっと星が飛びそうなウインクで答礼する 「そんな野蛮なことしたらおハダが荒れちゃうわぁ…でも、アニエスちゃんと部下のカワイコちゃん達が あたしの作ったビスチェを着てお店に出てくれれば、次は居合とクンフーでも教えてあげちゃおうかしら 銃士隊の女性隊員が妖精達のビスチェを見てまんざらでもない表情をする中、アニエスは弱気を見せる 「そ…それは…その任務を果たすには…自分は力量不足でありまして、わたし…カラダにはあまり自身が…」 スカロンはアニエスのバストを見ると、薄鋼の胸当てで覆われたオッパイのサイズを掌で正確に形造った 「もったいなぁい、ちょっと寄せて上げればナイスバディよぉ、ルイズちゃんだってお店に出てるんだし」 アニエスはルイズが見た事ないほど狼狽し、片手で冷や汗を拭き、もう片手でルイズを引きずり逃げ出した 店に残ってた客達が退場するルイズに歓声を上げ、今まで貰ったチップを超えるほどのおひねりを投げた 半分は威勢のいい台詞と貴族の誇りを見せてくれた事へのご祝儀で、残り半分は保釈金のカンパだった 銀貨をかき集めたジェシカが「今月のチップレースはルイズちゃんの逆転勝利ね」と声を漏らす 「ルイズちゃんおつとめ頑張って~、壁を壊した分の給料天引きは負けといてあげるわよ~」 「アニエス中尉、せいぜいルイズにはたっぷりと油を絞ってあげてください、たまにはいい薬です」 アニエスに襟首を掴まれ、ジタバタしながら逃げ出そうとするルイズは無慈悲に引っ立てられて行った 「て、て、店長の鬼~、アニエスの悪魔~…KITTの鬼悪魔ぁぁぁ~~~~」 結局ルイズはアニエスのちょっとした悪戯でブタ箱に一泊し、人生最初の臭いメシを食う羽目になった 前ページ次ページKNIGHT-ZERO
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トリステイン魔法学院。ルイズの部屋。 部屋の中には、ルイズとルイズが召喚してしまったルークが居た。 ルイズは、ルイズで己のベットに腰を掛けルークはルークで、 床に胡坐を掻いて座っており、二人とも何故か睨みあっていた。 原因としては、ルイズが言うルークの扱いについてである。 「なんで俺が、お前の使い魔ってヤツなんてしなきゃなんねぇんだよ」 「お前じゃなくてご主人様でしょ! あんたは私に召喚されたんだから当たり前じゃない!」 平民の癖に貴族の言う事を聞けない訳?! と、語気を荒めて言うルイズに、ムッと眉を顰めるルーク。 平民、平民と連呼しやがって。終いには、貴族の言う事を聞けない訳だぁ? と、ますます眉を顰めるルーク。 まったく、なんでこんなの召喚しちゃった訳? と、言うルイズにルークからブチッと何か切れた様な音がする。 「俺には、ルーク・フォン・ファブレって名前がある! それに平民じゃねぇ! コレでも子爵の位を貰ってる! 更に言うなら! 貴族だから権力があるからと言って平民を無碍に扱って良いわけじゃねぇ! そんな事もわからねぇのか!」 いつの間にか胡坐の状態から立ち上がり、ルイズに詰め寄って鋭い眼光で睨みつける。 その鋭い眼光に、ルイズは小さく悲鳴を漏らし身を竦めた。 「てめぇ見たいなのが居るから、争いごとは無くならねぇし国が腐っていくんだよ!」 このクズが! と、最後についついもう一人の自分の口癖を吐くルーク。 俺が、此処に居る意味も理由もねぇ! と、ルークはルイズの部屋から出て行く。 一応、情報が欲しいから此処まで着いて来たが、召喚したんだから使い魔でしょ! だの いちいち、平民を見下した言い方も気に喰わない! 終いには、なんでこんなの召喚しちゃった訳? だと? 良い迷惑だ! こんな所に来たくて来た訳じゃねぇ! あぁ、苛々する! と、ルークは薄暗い廊下を突き進み 外に繋がって居るであろう扉に手をかけて、扉を少々荒々しく開けて外へと出た。 既に陽は落ち、空を見れば漆黒の海に二つの月と小さくながらも力強く煌く星々。 ふぅ……と、ソレを見て自分を落ち着かせる様に深く息を吐き出すルークだったが…… まて、二つの月? バッと、再び空を見上げる。其処には確かに月が二つ存在した。 唖然としてその場に立ち尽くすルークだったが、何とか気を持ち直すと近くにあった木の下で胡坐を掻き 木に背を預けてため息を一つついた後で、深呼吸をニ、三回ほどし心を落ち着かせる。 そして、自分の現状を把握する為に思考の海に潜り込んだ。 ヴァンを倒し、ローレライの鍵でローレライを解放した。アッシュの亡骸を抱いて。 ローレライが、何事かを囁く様に言った後、俺とアッシュは……其処から先は、真白な光に包まれた事しか覚えていない。 セブンスフォニムが乖離しはじめ、掻き消される様に崩壊して言った感覚を覚えている。 では、何故俺は、此処に存在しているのか……そもそも、此処には音機関の姿が一つも見えないし…… 俺が、此処に呼び出された後で、空を飛んで帰っていった少年少女とコルベール達が、譜術を使った感じもしない。 そもそも、月が二つあるってなんだよ。外殻大地が魔界に落ちた後に出現した? いや、そんな訳はない。 月が二つに見える土地なんてあったか? バチカルからもグランコクマからもケテンブルクからも見える月は一つだけだった。 もしかして、アルビオールで来なかった場所なのか? と、考えてもそれは無い。と、答えが出る。 俺を此処に呼び出したルイズが言うには、魔法らしいが……そもそも、魔法ってなんだ? こんな訳の分らない状態で、こんな訳の分らない場所に連れて来られ……なんか、ティアと初めて会った時みたいだな。 まぁ、どう見てもルイズはティアって感じじゃねぇけどな。 ルークは、乱雑に己の頭を掻いた後で再び学院の中に入ろうと立ち上がり…… 今更ながら、腰に差してある剣の重さが軽すぎる事に気づく。 そして、腰に差してある剣を見てみれば……其処には、剣を留める金具と鞘のみであり ルークが、アッシュから受け取ったローレライの鍵の影も形も無かった。 ありえねぇ~……と、うな垂れるルークだった。 ルークが部屋を出て一人部屋に残されたルイズは、ルークに言われた言葉にしばらく唖然としていたが、 正気に戻るや否やベットを殴りつけ憤慨した。 一通り憤慨し、物に八つ当たりした所で、荒くなった息を整えその場に座り込むルイズ。 そして、今の自分の立場を瞬時に理解すると、握られた拳を床にたたきつけた。 カーペットがひかれていた為、拳には鈍い衝撃が伝わるのみで、何度も何度も拳を床に叩きつける。 叩きつかれてだらしなく床に寝そべり天井を見上げるルイズ。 視界が何故かぼやける。多分、涙。と、ルイズは冷静に頬に流れる涙を感じてそう思う。 「おい」 行き成り声をかけられ、ルイズは慌てて身を起こし涙を腕で拭い声がした方を見やる。 其処には、先程自分に罵声を浴びせて部屋を出て行ったルークが立っていた。 何時の間に入ってきたのか分らなかった。多分、それだけ自分は気を荒げていたのだろうと結論付けるルイズ。 ルークは、腕を組んでルイズを見据えている。そして、不本意だ。と、言う表情でルイズの傍にまで歩を進めルイズを見下ろす。 ルイズは、そんなルークに「なによ」と、小さく呟き答える。 「付き合ってやる。べ、別にあれだ。一生って訳じゃないぞ!? 俺には、約束があるから約束を果さないと行けない! ソレまでの間なら、お前の使い魔とか言うのに付き合ってやる!」 なにそれ。ルイズは、唐突に告げられたルークの言葉に対してそんな感想を抱いた。 呆けた表情を浮かべているルイズを見てルークは、何か俺の言い分が悪かったか? と、内心思いつつ眉を顰める。 「約束って何よ……」 しばらくの無言の時間が続いた後で、ルイズはゆっくりと立ち上がり腕を組んでルークを見据える。 「帰るって約束だ」 「何処によ」 「バチカル」 正確にはティア達の所だけどな。と、ルークは心の中で呟く。 「だから、何処よそれ……アンタが言ってたグランコクマとかケテンブルグとか聞いた事無いわ」 「だろうな」 と、言ってルークは窓まで歩を進め夜空を見上げる。そんなルークに眉を顰めるルイズだったが…… 「俺の居た場所じゃぁ、月は二つも無い。それどころか……二つに見える場所すら無いんだ」 「月は二つある物で、何処でも月は二つに見えるわよ。重なりの時は別だけど」 「重なってもいねぇよ。ずっと一つだ。小さい頃から一つの月だった」 「ふぅん……それがなに?」 「俺は、頭良くないから確証は持てないけどな。此処は……俺の居た世界じゃない」 「アンタ、頭大丈夫?」 ルイズの言葉に、ルークはため息を一つ。そして、懐から何かを取り出しルイズに投げ渡す。 それは、ルークが居た場所では『スペクタクルズ』と呼ばれていた道具。 スペクタクルズを受け取ったルイズは、ソレを見て怪訝な表情を浮かべる。 「虫眼鏡?」 「ちげぇよ。それで俺を見てみろ」 何が違うのよ? と、スペクタクルズでルークを見る。 すると、見た事の無い文字が無数に浮かび上がる。 へ? と、ルイズはスペクタクルズを覗いたまま変な表情を浮かべた。 しばらく後で、スペクタクルズは乾いた音と共に細かく砕け落ちてしまう。 「そんなの此処の何処かで売ってるか?」 「こんなの無いわよ……一体なによこれ?」 と、砕け落ちたスペクタクルズの成れの果てを指差して言うルイズに、ルークは肩を小さく竦めて見せた。 「対象の体力と術や技を使うための力に、身体能力と弱点属性を見る為の道具」 まぁどういう仕組みなのかは、知らないけどな。とルークは付け加えた。 「……わかった、あんたが、違う世界の人間だって信じる。でも帰るのは無理」 「なんでだよ!?」 「使い魔を召喚する呪文と契約する呪文はあるけど……使い魔を還す呪文なんて存在しないの」 「そんな訳あるかよ!!」 「本当よ!! そんな呪文があったなら直ぐにあんたを還して別の使い魔を呼んだもの!!」 ルイズの言葉に、なんでだよ……と、額に手を当て天を仰ぐルークだったが…… 「別の方法は?」 「知らない……使い魔を還すメイジなんて古今東西いないもん。使い魔は一生のパートナー。還すメイジが居ると思う?」 「……いねぇな……」 一生のパートナーって言うんだから、使い魔を元の場所に還すヤツも居ない。居ないから還す呪文も無い。 「……ん? お前は今知らないって言ったよな?」 「えぇ、知らないわ」 「なら、知らないだけで本当はあるのかもしれないよな?」 「え?」 呪文以外で還る方法があるかもしれない。もしくはただ知られていないだけで還す呪文があるのかもしれない。 ルークは、そう考えての発言だった。その言葉にはルイズも盲点だったのか呆けた表情でルークを見る。 「なら、俺は……お前の使い魔ってヤツをやっても良い。そのかわりお前は、俺が還れる方法を探す」 悪くないだろ? と、ルークは言うとルイズはしばらく……と、言ってもほんの数秒だけ考えて頷いた。 「私も、平民よりグリフォンとかドラゴンとかの方がいいもん」 「よし! なら、契約成立だ!」 「平民と契約するって変なの」 「だから、俺は………まぁ此処じゃぁ平民と同じ様なもんか」 やれやれ。と、ため息を一つ。 「まぁ短い間だと思うけど宜しくな」 「短い間にしたいわね。ほんと……」 使い魔うんぬんの話は、其処で終結した。 まぁ、寝る時にまたひと悶着あったりするのだが……それはご愛嬌である。 ルークは『ゼロの使い魔(仮)』の称号を手にいれた。
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前ページ次ページゼロの騎士団 ゼロの騎士団 PART2 幻魔皇帝 クロムウェル 2 「祈祷書と動き出す歯車」 夜、ルイズの自室 明日の使い魔の品評会の前に、ルイズは溜息をついていた。 「せっかく姫様が来てくれたのに、明日の品評会に出られないなんて」 ルイズは、この品評会でニューの魔法を披露しアンリエッタから言葉を頂きたかったのだが、自身の使い魔の存在が、ルイズの晴れ舞台を阻止したのだ。 「仕方ないだろう、オスマン殿が言った事なのだから」 ニューが、何度も聞いているのか、投げやりな態度で応える。 ルイズ達、三人の使い魔は既に学園内での認知はされていたが、さすがに、王女相手にニュー達を見せる訳にはいかなかった。 特に、ニューの魔法は下手をすれば、アカデミーが手を出すかも知れないので、ルイズは自身の姉を思い浮かべ、渋々それに従った。 もっとも、キュルケとタバサは留学生という事もあり、特に落胆は無かったが、当初、ルイズは優勝間違いなしと思っていただけに、溜息ばかりを付いていた。 その時、ルイズ達の部屋を叩く音が聞こえた。 誰だろう?そう思いながら二人が顔を見合わせる。キュルケなら、勝手に入ってくるであろうし、タバサはそもそも来た事がない。 「どうぞ、あいていますよ」 ニューが取り敢えず、入室の許可を出す。 それを聞いて、部屋の扉を開ける音がして、フードをかぶった人影が入ってくる。 中に入るなり、小声で何かを言いながら、中の様子を確認する。 そして、徐にフードを取った顔を見た時、思わず驚き二人は声を上げた。 「姫様!」 それは朝、周りから見たアンリエッタの顔であった。 その反応に、特に気にせずアンリエッタが部屋のルイズに近づく。 「合いたかったわ!ルイズ」 そう言って、ルイズの手を取る。 「姫様、どうしてこんな所に!?」 「貴女に会いたいからに、決まっているわ!ずっと貴女とお話ししたかったの!ルイズ、今日、私、道にいた貴女の隣に変わったゴーレムを見かけましたの!初めて見ましたわ、ルイズ、貴女も使い魔召喚に成功したのですね、見せて下さらない?」 アンリエッタが早口でまくしたてるが、その中の内容が気になったのか、ルイズは言葉を濁らせる。 「姫様、そのゴーレムって、赤い羽根の様なものを付けていません?」 アンリエッタの背中に居る、ニューを見ながら困惑した顔でルイズが伝える。 「そうですわ、ルイズ、あれは何なのか知っていますの、教えて下さらない?」 アンリエッタが嬉しそうに、自身が見たゴーレムが何なのかを見る。 「姫様、後ろにいるのが、そのゴーレムだと思います。」 ルイズが、後ろにいるニューを指差す。 それを見て、アンリエッタが振り返るとそこには朝、馬車から見たゴーレムが居た。 「そう、これです。ルイズこのゴーレムは何ですか?」 アンリエッタが、彼女は初めて見た玩具の様に興奮気味な状態で更に手を強く握る。 「それは……私の使い魔です。」 本当に、申し訳なさそうにルイズが声を出す。 「初めまして、アンリエッタ様、私はルイズの使い魔をしているニューと申します。」 丁寧に、ルイズが知っている限り、主にもやった事のない動作でニューが自己紹介する。 それを見て、アンリエッタは驚きからか、握った手を弱める。 「話すのですか?あなたは一体……」 話した事がよっぽどショックだったのか、アンリエッタは言葉を失う。 「姫様、ニューはスダ…ドアカワールドと言う異世界からやって来たらしいです。本当は信じたくないのですが、この世界の生物と認識するのが怖いのでその言葉を信じる事にしています。」 「さりげなく、酷い事を言っていないか?」 ルイズの、自分の説明の中に、明らかに悪意のある部分を感じ取り指摘する。 ルイズとニューはお互いに、アンリエッタにニュー達の事を話した。 アンリエッタも、最初は驚いていたが、三人の行動を聞くうちにそれもなくなり、終には、笑いだす程であった。 「そうですか、あなた達三人がフーケを捕らえたのですか、今度何かお礼をしないといけませんね」 「いいですよ、姫様、コイツにお礼なんて」 ルイズが、ニューを指差しながら、謙遜する。 「ルイズ、そう言う事は私が言う事だ、ちなみに、お前は何も私にしてくれなかっただろう」 「調子乗ってんじゃないわよ、この馬鹿ゴーレム!」 ルイズが、いつもどおり拳を見舞いそれを見たアンリエッタが笑いだす。 室内には和やかなムードが漂っていた。 「姫様、ところで、何でこんな時間に?」 ルイズが、ふと気になったのかアンリエッタに理由を尋ねる。 アンリエッタならば、自室にルイズを呼んで人払いをすれば良いだけである。 「気になった事がありますので、それに貴女にある物を渡したかったのです。」 アンリエッタはそう言うと、小さな辞書の様な本を取り出した。 「ルイズ、「始祖の祈祷書」を知っていますか?」 「たしか、始祖ブリミルが記述したという古書と言われる奴ですよね?」 ルイズが自分の知識から、知っている情報で応える。 始祖の祈祷書はその存在よりも、歴史上、数多の偽物とそれにまつわる物語を生み出してきた曰くつきの一品であった。 トリステイン王家が所有しているが、それを偽物だと言う貴族まで居る始末であった。 「これは、その始祖の祈祷書です。」 「えっ!これが祈祷書ですか?けど、この祈祷書がどうしたのです。」 ルイズが疑問を抱きながら、祈祷書を見つめる。 「私は数日前、夢の中で始祖の祈祷書を貴女に渡せと言われました。そして、あなたが虚無の力を持っている、そう告げられました。」 アンリエッタが、目をつむりながら数日前の出来事を話す。 「私が虚無……」 「ルイズ、虚無と言うのは確か4系統では無い系統では無かったか?」 講義で習った事を思い出しながら、ニューが虚無についての知識を披露する。 「そうです、今は失われてしまった系統、それが虚無です。そして、ルイズには虚無の系統であると言っていました。」 今でも、おぼろげながらその光景が忘れられず、アンリエッタが呟く。 「けど、それは夢ですよね、だいたい、誰がそんな事を言っていたんですか?」 「はい、姿は解らないのですが、それは、光の化身と名乗っていました。そして、それはこうも言っていました。この世界に邪悪なる物が現れようとしている。そして、そこからさらに邪悪なる物が現れ、この世界を破滅に導くであろう」 暗い表情で、アンリエッタが話を終える。 (ルイズよ、汝の世界は大きな闇に包まれる。汝は戦わねばならん。) ルイズにはいつかの夢の言葉が思い出された。 (それって、私の夢でも言っていた事なのかな) 「……姫様、実は私も似たような夢を見ていたのです。」 「まぁ、本当なのですか?ルイズ」 アンリエッタがその事に興味を持ち、夢での事を説明する。 「あなたも、そんな夢を見るなんて……偶然とは思えないわ」 アンリエッタが頷くのを見ながら、ルイズは、ニューの方を見やると何か考え事をしていた。 「ニュー、何考えているの?」 「ドライセンの事を考えていたのだ」 ニューは先日での、モット伯での出来事を思い出す。 ドライセンは何者かの命令で動いていた。そして、それはモット伯まで知っていたのだったから。 「ルイズ、アンリエッタ王女にすべてを話そう」 ニューがルイズに伏せていた話の許可を求める。 (モット伯の事は秘密にしていたかったのに) ルイズが、アンリエッタの方に顔を向ける。 ルイズ自身がここ最近の出来事は夢の様な出来事であっただけに、話すのは躊躇われた。 「かまいません、ニューさんお話し下さい。」 アンリエッタは聞く気になっていた。アンリエッタにとってこの間の夢といい、自分は何一つ知らない、だからこそ全部知っておきたかった。 ルイズは二人に見つめられて覚悟を決めて、隠しておいた話を切り出した。 モット伯の家に向かった事、そして、その途中でニュー達の敵であるドライセンと戦った事、学園の宝物庫にある物がニュー達の世界である物であり、宝物庫にある獅子の斧をモット伯が狙っていた事。 ルイズは、本来秘密にしておくべき事をアンリエッタに明かした。 「そうですか、これで納得行きました。夢などでは無く警告であると言う事に……」 (レコン・キスタでは無い邪悪なる物、そして、ニューさん達の世界の魔物がこの世界に現れた事、ハルケギニアに危機が迫っているのは本当の事なのですね。) アンリエッタはすべてを聞いた後、自身の夢が唯の夢ではない事を確信するのであった。 「モット伯は私が喚問します。ルイズ、お告げ通りに私はあなたに始祖の祈祷書をお渡しいたします。」 自身のやるべき事に従い、アンリエッタはルイズに始祖の祈祷書を渡す。 「いいのですか?これはトリステイン王家に伝わる大切な物なのに……」 「始祖の祈祷書は、私の婚姻に立ち会う巫女に貸し出すものです。私はルイズに頼もうと思ったから、時期が早まっただけです。」 ルイズの顔を見ながら、アンリエッタが、嬉しそうに笑う。 「姫様……」 「けど、私はなにも力がありません。あなた達の力を借りる事になります。」 「はいっ!ちょっと、ニュー!アンタも返事しなさいよ!」 「厄介な事になったな……まぁ、分りました。アンリエッタ王女、私達、アルガス騎士団も力をお貸しします。」 (帰るつもりが、厄介な事になった。しかし、ドライセンといい、ルイズや姫様が見た夢と言いこのまま無事に済むわけは無いだろうな) ジオンの残党がいるなら戦わねばならない。という理由はアンリエッタとルイズに力を貸す理由は充分であった。 「あなた達が力を貸してくれるのを、アンリエッタ、心より感謝いたします。」 アンリエッタが畏まって礼をする。 その後、二人はアンリエッタを彼女の部屋の近くまで護衛した。 後日、二人を呼び出す約束をしながら。 「何か凄い事になっちゃったわね、私が虚無だなんて」 長年失われた、伝説の系統と言われても未だに、魔法が使えないルイズには喜べることでは無かった。 「そうだな、よりにも寄ってルイズがいきなり虚無だと言われたら、それは姫様も戯言だと思うよな」 もっともらしく頷き、ニューはルイズを見るがそこには居なかった。 「この馬鹿ゴーレム!何、ご主人様に失礼な口きくのよ!」 ニューにとっては、その日は珍しく、3度目の制裁を受けるのであった。 次の日は品評会の日であったが、出場の必要の無いルイズ達には休みと変わらなかった。 アンリエッタは忙しいのか、その日のうちに城へと戻って行った。 そして、品評会から次の日 朝 ルイズ達が朝食を食べて出席すると空白の席が二つあった。 「あれ、キュルケとタバサはいないの?」 二人が朝食に来ないのは、ルイズは二人が寝坊しただけだと思っていた。 「タバサは知らないけど、キュルケはダブルゼータを連れて、この間のアルビオン旅行に行ったわよ、ギーシュが勝っていれば、私達が行けたのに」 この間のレースを思い出し、モンモランシーは二人の居ない理由を語る。 タバサは時々、このように居なくなる事があったから驚かなかったが 「アルビオンに旅行って、今の状況知らないの?」 アルビオンは現在内戦状態で、旅行に行くなどと言う精神がルイズには理解できなかった。 「あの二人ならやりかねないわよ、私も明日から出かけるんだけどね」 「別に、アンタの用事なんてどうでもいいわよ」 つまらなそうに、ルイズが答える。 「そう言えばここ最近ミス…ロングビル見ないんだけど、あなた達何か知らない?」 モンモランシーの何気ない話題が二人をあせらせる。 「しっ、知らないわよ」 「ああっ!家族に何かあったんじゃないか」 突然自分達にとってのマイナスな話題に、ルイズとニューは慌てて否定する。 自身の趣味で雇った人間が盗賊であったなどと言ったら、敵の多いオスマンはタダでは済まないし、それを見過ごす程老いぼれてはいない。帰ってからすぐに、ルイズ達に緘口令をひいて、自身の失態を洩れないようにしていた。 「まぁいいけど、何であなた達出なかったの?多分優勝できたわよ」 優勝したの、ギーシュだったしと、モンモランシーが付け加える。 昨日の品評会は本命がおらず、結果的に、綺麗な鉱石を見つけ出し、献上したギーシュのヴェルダンデが優勝した。 「仕方ないじゃない、ニューの魔法を見られて、アカデミーに連れていかれる訳にはいかないし」 ルイズ自身も優勝を確信していただけに、欠場は悔しかった。 「まぁ、確かにあなたの使い魔は凄いからね」 「使い魔の部分を強調していない?モンモランシー」 ルイズがこめかみをひくつかせながら、モンモランシーに笑顔で犬歯を剥く 「だって、ニューは凄いじゃない、攻撃だけでは無く、回復まで使えるし、何時だったかゼータを蘇生させたのは先住魔法よ」 自身が、水系統であり、傷を治す事が出来るだけに、ニューの回復魔法は凄まじい者であった。 「リバイブは疲れるからあまり使える事は出来ないがな」 「それもだし、マディアも凄いわよ、普通ルイズが教室爆破した時はけが人の手当てが大変だったのよ」 一年の頃、自身が怪我しているにもかかわらず、更に重傷のギーシュを手当てした時の苦労を思い出し、モンモランシーはその事を振り返る。 「ちょっと、モンモランシー、ニューにあんまり話しかけないでよ、コイツは私の使い魔なのよ!」 二人が近くなった事を気にして、その間にルイズが割って入る。 その後、いつも以上に気合の入った挑戦で、教室は全壊し、ニューの魔法が改めて頼りにされているのをモンモランシーは実感した。 それから3日後、ルイズ達は約束通りアンリエッタに呼び出され、アンリエッタの私室へとやって来た。 (さすがは、王族だな……) アンリエッタの私室は小さいながら、調度品などはやはり王族としての風格を漂わす物であった。 「ルイズ、ニューさん大変な事が起こりました。」 そう言った、アンリエッタの顔は暗く緊張感が現れていた。 「今朝、モット伯が……死にました。」 「うそ!」「なんだって!」 ルイズとニューもモット伯の死に驚きの声を上げる。 「死因は自殺と言う事ですが、不審な点が多すぎます。」 一昨日、アンリエッタは3日後にモット伯の喚問をする為に、使者を送ったばかりである。 しかし、モット伯は今朝、毒物をワインと飲んで、死んでいたと言う。 「いったい誰が……」 「おそらく、レコン・キスタの手の物でしょう」 「レコン・キスタ……」 ルイズもその名前には聞き覚えがなかった。 「アルビオンの反乱軍の組織名です。このトリステインにも、入り込んでいると言われております。おそらく喚問の情報を聞きつけて、さきにモット伯を始末したのでしょう。」 アンリエッタが、沈痛な面持ちでつぶやく。 アンリエッタは今回の喚問を表向きはただの、謁見のみと言う情報であった。 しかし、レコン・キスタはモット伯の名前が危険だと気付き、処分したのであろう。 レコン・キスタの存在は掴んでおり、一部には内通者がいる事は掴んでいたが、特定までは出来なかった。今回の事でも、アンリエッタ自身にしてみれば、後手に回ったと言える。 「ルイズ、レコン・キスタの次の目標はおそらくこのトリステインです。」 「この国だと言うのですか、それにまだ、アルビオン王国軍が居るじゃないですか!」 ルイズが知っている限り、アルビオンは現在内戦中である。アルビオンはアルビオン王立空軍を始めとした、強力な軍事力を保有している。反乱軍に負けるとは思えなかった。 「反乱軍の首謀者はオリヴァー・クロムウェルと言う男で、噂では虚無のメイジ等と呼ばれております。」 当初は、一部の貴族と平民の反乱かと思われていたが、徐々に、貴族を取りこみ平民を増やしながら、卓越した情報戦を展開し、攻守を逆転してしまった。 もはや、アルビオン軍はニューカッスル城にまで追い詰められていた。 「この間言った通り、ルイズ、貴女に頼みごとがあるのです。」 「はい、姫様私でよければ、何でも申して下さい」 礼をしながら、ルイズが片膝をつく。 (安請け合いをするな、ルイズ!) ニューがその様子を見て、ルイズを罵倒する。その状況で、出される頼み事は決して簡単なことでは無い。 (しかし、モット伯はドライセンとつながりがあった、そして今回の自殺といい無関係ではないだろうな……) モット邸の所に現れたドライセン、そして、そのモット伯を自殺に追い込んだレコン・キスタ。それは、何かしらの繋がりを示していた。 「姫様、それは危険な事ですよね?」 「ニュー、アンタは黙ってなさい!」 ニューが意図を含んで、アンリエッタに問いかけるのを見て、ルイズが不快感を表す。 しかし、アンリエッタは不快感を示さず首を無言で縦に振るだけであった。 「いいのです、危険な事に変わりはありません。頼みたい事とはあなた達に、アルビオンに赴きアルビオン皇太子、ウェールズ…テューダー様から、手紙を回収してきて欲しいのです。」 「内戦地区に、ルイズを送り込むのですか!?」 自身が考えていたレベルよりも、過酷な任務にニューも声を荒げる。 ニューは精々、レコン・キスタの内通者が町に居ないかを見つけて、報告するだけだと思っていた。しかし、出された任務は、内戦地区への潜入及び回収である。 ルイズは、素人の上に旅慣れていない。そんなルイズを送り込むなど正気の沙汰とは思えなかった。 「危険な事は解っています。しかし、その手紙をレコン・キスタはおそらく狙っており、それを口実にレコン・キスタはトリステインを攻め入るでしょう。」 「だからと言って、ルイズは素人です。こう言った任務に適した人物はいないのですか?」 おそらく、こう言った事を行うのに適した人物がいるであろう。ニューはそう思いアンリエッタに詰め寄る。 「軍人の中にはレコン・キスタの息のかかっている者もいます。信頼できる人物に頼みたいのです。もちろん、腕の立つ護衛をつけます。」 「ニュー、アンタは黙っていて!姫様、このルイズ、必ず使命を果たして見せます。」 感極まったように、ルイズが承諾する。 「勝手に、承諾するな!今は、ゼータやダブルゼータが居ないんだぞ!」 (私だけでは、負担が大きすぎる。) ニューは二人に劣っているとは思っていない。しかし、自分が全てを行えるとも思っていない。それは、尊敬するアレックスやナイトガンダムも同じであろう。 二人との仲が悪かった頃のニューなら絶対考えないであろう発言であるが、強敵との戦いや、数多くの修羅場を潜り抜けて来ただけに、今回の任務はあの二人の力は必要であると感じていた。 また、戦いに勝つために私利私欲を考えず、時に自分が犠牲になりながらも、自分達を支持するアムロはニューにとって、尊敬する一人であった。 「ニュー……アンタ、ダブルゼータやニューが居ないと戦えないの?」 ルイズが、先ほどの熱くなった表情から、途端に冷笑と軽蔑の籠った眼差しに切り替わる。 「何、ルイズそれはどういう事だ?」 ルイズのその言葉に何かを感じたのか、ニューも切り返す。 「別に、アルガス騎士団の隊長などと言っている癖に、二人が居ないと何もできない何て言うから、少しねぇ……あなたが臆病者だなんて、初めて知って驚いているだけよ」 そう言いながら、ルイズが含みのある視線を送る。 (ニューが居ないと、さすがに私だけでは任務は行えない。ここはニューを挑発して上手く動かさないと) ルイズの事を付き合っているうちに、動かすポイントを見つけたニューだが、それは、ルイズも同じである。 ニューとて、聖人君主では無い、言われて嫌な事はある。そして、ルイズはそれを見つけていた。 「ふざけるな!これは大事な事なんだぞ!」 ニューも珍しく激昂する。 ニューにとってのそのポイントはゼータとダブルゼータである。悪と言う訳ではないが、 だからと言って必要以上に慣れ合う訳でもない。特に今でも、二人より劣ると思われるのはニューにとっては遺憾であった。 3人は戦友であり、ライバルでもある。見下してはいないが、かといって劣っているとも思っていない。その関係がアルガス騎士団の扱いを難しくさせる原因であり、アレックスを悩ませていた所であった。 「そう大事な事、だから二人を待ってはいられない。それに私はあなたの事を信用しているの、あなたが二人に劣る訳ないわよね、法術隊長のニュー?」 ニューの肩書を強調しながら、ルイズがささやく。 その様子を見て、アンリエッタが心配そうに二人の顔を見やる。 「当然だ、あの二人が居れば成功率が上がるだけで、私一人でも問題ない、ただゼロのご主人様が心配だったから保険をかけただけだ。アンリエッタ様、主ルイズと、このニューその任務、遂行させていただきます。」 ニューが片膝をつき、アンリエッタに承諾の意思表示をする。 「やっていただけるのですね!ルイズ、ニューさん、よろしくお願いします。」 そう言いながら、自身の指輪を外し、ルイズに手渡す。 「これは水のルビーです。これを見ればウェールズ様はきっとお分りになってくれます。」 自身にとっては思い出の品であるが、ルイズ達の身分を証明する事になるだろう。 「では、失礼いたします。」 二人が、一礼し、部屋を出ていく。 「頼みましたよ、ルイズ、ニューさん」 誰に聞こえるともなく、アンリエッタは呟き窓から外を見る。 自身の最愛の人が居る大地は暗い雲に包まれていた。 「23 ルイズ、頼みましたよ」 王女 アンリエッタ ルイズに、始祖の祈祷書を託す。 MP 30 (相手のHPを吸い取る。) 「24はぁ、優勝すれば賞金が手に入ったのに」 香水のモンモランシー ギーシュの恋人? MP 300 ゼロの騎士団 PART2 幻魔皇帝 クロムウェル 2 目の前に、異形ともいうべきものが現れる。 彼は自分がもうすぐ死ぬのではないかとその時思っていた。 「いやだ、私は死にたくないのだ」 それは何も言わなかった。 ただ、それは、指輪をかざすのみであった。 「やめてくれ!やめて……」 言葉が途切れ、瞳に正気を失う。 彼はただ、グラスをあおる。 「おやすみ……」 その一言を最後に、朝まで沈黙が訪れた。 前ページ次ページゼロの騎士団
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前ページ次ページGIFT 冗談じゃない。 ほとんど動かない片足を引きずり、男は逃げていた。 メイジが相手だと聞いてはいたが、あんなとんでもない魔法を使うとは考えてもいなかった。 弓で射かけた途端、どっかんどっかんとあちこちで爆発が起こった。 わけのわからぬうちに吹っ飛ばされ、仲間も何人生き残っているかわからない。 ひょっとすれば、もう自分以外死んでいるのかもしれなかった。 どっちにしろ、ここに長居はできない。逃げなければ。 必死になってもがいているところ、男はいきなり首ねっこをつかまれた。 そして直後、恐ろしい力で引っ張れ、地面に転がされた。 男は力に山のような大男、さもなければ、オーク鬼か何か、狂暴な亜人の姿を想像した。 しかし、その予想とは裏腹に、男の前に立ったのは、十五になるかどうかも怪しい少年だった。 桃色がかった金髪で、色白でほっそりとした、まるで少女のような顔をした美少年であった。 野盗なんかの相手をしているより、ベッドで熟した肉体を持てあました貴婦人か、さもなければ殿様の相手でもしているのが似合いそうだ。 「生き残ってるのは、お前だけだ」 可愛らしい声で少年は言った。 声変わりさえすんでいないのか。 男は内心で嘲笑い、少年を見上げる。 尋問でもするつもりかもしれないが、こんなガキを相手に遅れをとる気はない。いざとなれば丸め込んで……。 「何で、ボクらを襲った?」 「そりゃあ、ボクちゃんが可愛かったからさ。そのお尻に俺も仲間も見惚れちまってねえ、つい」 わざと下卑た笑みを浮かべて、男は答えた。 「ふーん。そーなんだ」 しかし少年は別に気にした様子もなく、不釣り合いな背中の長剣を抜いた。 脅しのつもりか。 が、少年のとった行動は、『脅し』などという穏便なものではなかった。 男の右目に、ごつんという衝撃と、焼けるような熱気が走った。 衝撃は剣先が突きこまれたためで、感じたのは熱気ではなく激痛であることに気づくに、わずかだが時間を要した。 悲鳴を上げそうになると、絶妙のタイミングで腹を蹴られた。 臓物を全て吐き出しそうなショックに、激痛の悲鳴は押し流された。 「何で、ボクらを襲った?」 同じ台詞を少年は言った。 「…………」 答えなかったのは、痛みのせいか、それとも意地なのか、男にはわからなくなっていた。 すると今度は顔の両端に鋭い痛みが走った。 思わず手をやると、ぬるりとした血の感触の中、耳がなくなっていることに気づいた。 切り落とされたのだ。 それを自覚した時、また腹を蹴られた。 男はついに嘔吐した。 軽口なんか、きかなきゃ良かった……。 男はひどく後悔したが、もう遅い。 相手はチョウチョみたいな小僧っ子だと思っていたが、冗談ではない。蝶どころか、猛毒を持つ蠍だったのだ。 そうでなければ、象もかみ殺す毒蛇だ。 ひゅるんと、刃のうなる音がした。 ぼとり、今度は鼻が落ちた。 男は声にならない声をあげかけたが、鼻のなくなった顔面を容赦なく蹴られた。 たまりかね、ついに男は両手を上げて許しを乞う。 「ま、まっへふれ……!!」 鼻が落とされたので、声がおかしくなってしまっていたが、意思は通じたらしく、少年は長剣を下ろした。 しかし、鞘にしまったわけではないので、いつまた刃が飛んでくるかわからない。 「は、はねへ、やろわれたらけなんら(か、金で、雇われただけなんだ)……」 「誰に?」 「わ、わからへえ(わ、わからねえ)……」 「そう」 間を置かず、右手の指が二本地面に散らばった。 どの指が切断されたのか、男にはわからなかった。 さらに指を切られた右手を、少年の靴が踏みにじる。 ぽきぽきと骨が踏み砕かれる感触が、激痛を伴って押し寄せてきた。 やめてくれ。本当にわからないんだ。 そういう意味のことを言いながら、男は泣き顔でうめく。 「はめんをふへへははら、はふぁらねえんら(仮面をつけてたから、わからねえんだ)……!」 わかるのは、男で、メイジってことくらいだよ――男の話を意訳すると、こんなところだった。 「本当らしいね」 男が必死でうなずくと、少年は少し表情を和らげた。 「わかったよ」 これで解放されるのか、あまりにも手痛い犠牲を払ったが、何とか命を取り止めた。 男はそう思って、安堵の息を吐いた。 「じゃ、もう用はない。死ね」 「へ?」 男が顔を上げると、少年は長剣を一閃させた。 文字通り、男の体は真っ二つに両断された。 「容赦ねえな、相棒」 長剣――デルフリンガーは呆れながら、しかし嬉しそうな声で言った。 「人を殺しちゃったわ」 少年、否――男装の少女ルイズは、デルフリンガーにぬぐいをかけながら、ふううと息をついた。 「でも、思ったよりなんてことはないわね」 「何を今さら……。さっき失敗魔法でボカンボカンと爆死させまくってたじゃねーかよ」 「あ、そうか」 ルイズは頭をかいて、 「でも、魔法じゃなくこうやって直に手を下すと実感わくわね」 「後悔でもしてるのか?」 「いーえ、ぜんぜん?」 ルイズは淡々と笑う。 「むしろ、ざまみろニコッと爽やかな笑みが止まらないわ。人の命を取ろうとした奴らだもん。殺されたって文句は言わないでしょ」 「まーな。しかし、どうせなら最初から俺を使ってくれたら良かったのによお。こんな拷問なんかじゃなくって、戦闘でど派手によお」 「そのうちにね。多分……近いうちにそうなるわ」 「頼むぜ、相棒?」 「それにしても、あんたすっごい切れ味じゃない? 見直したわ」 「嬉しいこと言ってくれるんじゃないの。戦闘で使ってくれりゃあ、とことん役に立つぜ」 デルフリンガーを鞘に納めて、ルイズはワルドたちの元へ戻っていった。 「あいつら、ただの物取りのようです」 ワルドたちのもとへ戻ったルイズは、何食わぬ顔でそう言った。 ギーシュは女装が恥ずかしいのか、顔を真っ赤にしてうつむいたまま。 キュルケはそんなギーシュを見てしつこく笑っている。 タバサは相も変らぬ無表情だが、チラリとルイズの顔をうかがっているようだった。 「ふむ。ならば捨て置こう」 ひらりとグリフォンに跨るワルド。 ルイズはすぐにギーシュ……シエスタ・ド・グラモンの手を取り、ワルドのもとへ連れていく。 「では、子爵様。シエスタお嬢様をお願いいたします」 「あ、ああ……」 ワルドは微妙な表情でギーシュを抱きかかえ、後ろに座らせる。 「では諸君――今日はラ・ロシェールに一泊して、明朝アルビオンに渡ろう」 そう告げるワルドに、一行はうなずく。 子爵と<男の令嬢>を乗せたグリフォンが飛び立った後、ルイズは馬も跨ろうとする。 「なにか?」 ルイズは手綱を持ったまま、後ろを向いて言った。 青い髪の眼鏡少女がルイズを見ている。 「さっきの盗賊たちは?」 タバサが言った。 「逃げたわ」 「地獄へ?」 「はあ?」 「あなたから、血の匂いがする」 タバサは、小さいがはっきりとした声でそう言った。 「それで?」 ルイズはかすかに笑う。 少し遠いところでは風竜が待機しており、風竜のそばでキュルケがこちらを見ている。 まず声は聞こえてはいないはずだ。 「何故殺したの」 また、タバサが言ってきた。 罪人を問い詰める裁判官でも気取っているのか―― 「――ボクを殺そうとしたから。いけませんか? タバサお嬢様」 男口調でルイズは笑ってから、気取った仕草でふわりと馬に跨る。 「気に入らないなら、さっさと学院に帰れば? そのほうが安全よ」 ルイズはキュルケにも聞こえるよう、大きな声で言った。 「はっ! 馬鹿言わないで、こんな面白そうな状況で帰れるもんですか」 いかにも勝気な声で言い返すキュルケ。 「言うじゃない。今なら、あんたの無駄にでかい胸も好きになれたりするかもね」 ルイズはニッと笑い、グリフォンの後を追って馬を走らせた。 「何を話してたの?」 キュルケはタバサの小さな体に胸を擦りつけるように近づき、尋ねた。 「……彼女は、とても危険だと思う。……けれど」 タバサは静かに言って、杖を握り締めた。 「明日にならないと船は出ない……か。これは困りましたね?」 キュルケたちを待たせてある『女神の杵』亭に向かう道、ルイズはさてどうしましょうか、とワルドを仰ぎ見た。 ワルドはキザっぽく羽根帽子の端を持ち上げ、 「まあ、こうなってしまっては仕方もない。明日一日ここで休日を過ごすとしよう」 「結構なことで……」 ルイズは唇に笑みを浮かべたけれども、その瞳は少しも笑って……いないわけではない。 笑ってはいるが、決して気持ちのいい笑みではなかった。 まったく、マヌケなことになった。 国難を前にした任務だっていうのに。 こんな馬鹿やってていいのかしらねえ? だが、ワルドのほうも、面の皮は分厚いようで、 「そうだな。お互いのことを分かり合う、いい機会だと思うよ?」 そっと、嫌味のない、さりげない動作でルイズの肩に手を置いた。 しかしキザな紳士のアプローチを、桃髪をした男装の令嬢はお気には召さなかったようだ。 するりと柔軟な動きでそれを振り払い、おおげさなほど眼を見開いてワルドを見つめる。 「ボクは男です!!」 と、大きな声で言い放った。 これに驚いた周辺の群衆は一様にルイズ、そしてワルドを見る。 その直後に、くすくすという笑い声や、いやあねえと眉をひそめた視線がワルドに向けられた。 図としては、美少年に色眼を使う色男というものになるのか。 詩や恋物語にはまりこんでいる、夢見がちな令嬢たちが好きそうな構図だ。 最近上流階級の少女たちの間では、美少年同士の恋物語がはやっているらしい。 さらにルイズにも、 「坊や! ケツに貞操帯つけといたほうがいいぜ!」 そんな下卑た声が飛ばされた。 アルコールが相当入っているのは明白――な声だった。 「もうしわけありませんが……ボク、男性にそういう興味はありませんので!」 ルイズは少年口調で言い、そのまま駆け出してしまった。 ワルドに向けられる笑いはさらに強くなる。 おい、見てみろよ、あそこにオカマ野郎がいるぞ、と―― 「やれやれ、ずいぶんと嫌われてしまったな」 ワルドは羽根帽子を目深にかぶり直す。 もうすでにルイズの姿は見えなくなっている。 恐ろしくすばしこい。 この分では、あの虚無の系統である少女を手に入れるのは、骨が折れるだろう。 そして、今回の任務を成功させることも。 今晩ゆっくりと話したかったが、どうやら諦めたほうが良さそうだ。 ワルドを置いて『女神の杵』亭に戻ったルイズは、一階の酒場でくつろいでいるキュルケたちの元へ向かった。 その前に、いくつかの部屋を取って―― キュルケはワイングラスを手にへばっており、ちらちらと酒場の男たちを観察しているようだった。 女装のギーシュは顔をうつむかせて、できるだけ他人と顔を合わせないようにしていた。 それはそうだろう、万が一男だとバレたら大恥なのだから。 タバサは、もしゃもしゃと料理を口に運んでいた。 どこかで買ったのか、従者みたいな、およそ貴族らしからぬ服を着ていた。 しかも、男もの。 小柄ですとんとした体型と短い髪という要素も加わり、杖を持っていなければ、宿屋の手伝いをしている男の子でも通るかもしれない。 「船は明後日じゃないと出ないそうです」 慇懃な態度で、そう報告した。 ギーシュ……いや、ミス・グラモンはげんなりとした顔で、桃色髪の小姓を睨む。 小姓はそれを気にした風もなく、さらに慇懃な態度で鍵の束をテーブルに置く。 「先ほど、部屋を取ってまいりました」 「ああ、だったら私とタバサ……」 言いかけるキュルケを、 「いけません」 いきなり、タバサがさえぎった。 口調はいつも以上にかたい。 「年頃のご令嬢が男と同室などとんでもありません」 「はああ?」 いきなり妙なことを言い出す親友の顔を見て、キュルケは眼を丸くした。 男? 男ですって? この子はいきなり何を言い出すのだろう? ルイズはなんとなく、タバサの意図が読めた。 なるほど、なるほど。 よくわからないが、こいつも男になっておきたいわけだ。 いいさ。 「では、ミス・ツェルプストー……。シエスタお嬢様と相部屋ということで、よろしいでしょうか?」 ルイズは薄く笑いながら、キュルケに言った。 「シエスタって……」 今、この場でそう呼ばれているのは……。 シエスタ・ド・グラモンこと、青銅のギーシュは状況を理解しきれていないのか、あたふたとした顔でみんなの顔を見回していた。 「よろしいですよね? 女性同士、なのですから」 ルイズがジロリとギーシュを睨み、女性を強調して言った。 「ああ……それとも、ワルド子爵との相部屋をお望みで? それなら、仕方ありませんが」 キュルケはふっと笑い、赤い髪の毛をかきあげて、 「わかったわ。私とシエスタが相部屋ね」 「ありがとうございます」 ルイズはぺこりと頭を下げた。 「なら、マルトーはオレと相部屋だ」 タバサは静かにそう言った。 男言葉で。 ふうん、なるほど。 ルイズはタバサの顔を見る。 どうもそれが狙いだったらしい。 しかし、自分と相部屋とは、どういうことだろう? まさかそっちの気があるんじゃあないでしょうね――? ルイズは訝しく思いはしたけれど…… 特に危険を感じないし、殺意や敵意があるわけじゃなそうだ。 そう判断した。 「で、ワルド子爵は?」 「腕のあるかたですし、別に一人でも大丈夫でしょう」 キュルケの言葉に、ルイズはあっさりと言い捨てる。 そんなルイズの態度に、キュルケはあのおひげの似合う美男子に軽く同情した。 本気で興味ないのね、何だか子爵が可哀想になってきたわ。 そうかといって、自分が慰めるつもりにもなれなかったが。 「き、キュルケと相部屋? 今晩? まずい、これはまずい……ああ、まずいよ、モンモランシー……」 横で、ギーシュは薬物中毒者(ジャンキー)みたいに、一人でブツブツとつぶやいていた。 ワルド子爵が宿に戻った時には、ルイズたちはすでに部屋に引き上げた後だった。 薄いカーテンの隙間から、月光が差し込んでいた。 ルイズとタバサ。 二人の少女はそれぞれ横になっているベッドの上で身じろぎもしない。 「君は何を話したいんだい?」 かすかに酒場からの声が響いてくる中、ルイズは目を閉じたまま言った。 「ボクと話したいことがあるんだろう?」 ルイズはわざとらしい少年声でタバサに言った。 かすかな笑い声を含ませて。 本人は意識していないが、そこには不思議な色香があった。 「……あなたは一体誰?」 タバサは、不実な恋人でも責めるような口調でルイズに言った。 そんなタバサに、ルイズは唇の端を歪めた。 「マルトー。シエスタ・ド・グラモンの従者」 「ふざけないで」 「お前こそ誰だ」 ルイズは嘲りを隠しもしない声でタバサに言う。 タバサの内部で、血液の流れる音が変わったのが、微細な振動を介してルイズに伝わってくる。 どれほど鉄の仮面をかぶろうと、血液の流れ、脳の奥で絶えず弾ける小さな火花は制御できない。 「貴族なのに家名もわからない。偽名臭い名前。ボクなんかより、あなたのほうがよほど胡散臭いと思いますけれども?」 「……」 それに対して、青い髪の才女はしばらく沈黙したままだったが、おもむろに―― 「あなたの秘密が知りたい。強さの秘密が」 「強い? このボクが? またまたご冗談を……」 謙虚な言葉とは裏腹に、ルイズの笑い声にはどうにもならない驕慢さがあった。 ルイズはタバサが何を言いたいのかはよくわからない。 というよりも、わかるつもりはなかった。 自分の力、自分の使い魔――この生ける服の希少性はよくわかっている。 どこの誰とも知れない相手、ましてあのツェルプストーの親友なんぞに誰が話すものか。 仮に知ったとすれば、それはこいつがこの世に別れを告げる日だろう。 「誰かの手助けが欲しければ……お友達のミス・ツェルプストーにでもご相談されたほうがよろしいかと思いますが?」 「それは、できない」 なんだ? タバサの口調が若干変わった。 どうも、重たい何かを感じさせる。 そうかといって、ルイズの心境に変化があったわけではないけれど。 もしも、このチビ助が何かトラブルを抱えていて、ルイズの――いや、【ルイズたち】の力がそれを助けるのに有効であったとして……。 それがなんだというのだ。 こいつのために何かしてやる義理も人情も、爪の垢ほどもありはしない。 ルイズは過去のことを思い出す。 こいつが一体何してくれた? 自分が学院の中で辱めを受け続けていた時、このチビは何かしてくれたか? 何もありはしないのだ。 我関せずと本を読んでいただけじゃないか。 笑うことはなかったが、助けてくれたわけでもない。 今さらそれを責めるつもりはないが、かといって慈悲をかけるほどの恩情は受けてない。 「でも、私には力が要る」 タバサは無感情につぶやいた。 「それが私に何の関係がある?」 ルイズはかすかな苛立ちを覚えて、冷然と、素の口調で言った。 「……………………」 「まさか、あんた――どっかの王族の娘、お姫様か何かだと言うんじゃないでしょうね?」 ルイズは意地悪く言った。 「で、国にいる悪者をやっつけるのに、私の力が欲しいって?」 無論、冗談に決まっている。 悪に国を追われた姫君が、氏素性を隠し、名を変えて異国へ逃れる。 もちろん逃げたままではなく、国を取り戻すことを胸に誓って。 そのために、多くの協力者、仲間を必要としている――と。 お芝居や子供の絵本でもあるまいし、そんなことが現実にそうそうあるものか。 仮にあったとしても、ルイズの知ったことではない。 「ま、たとえあんたがお姫様だろうが、王様だろうが、協力する気はないけどね」 言い捨てて、ルイズは軽く寝返りを打った。 飽きたのである。 そのまま、小さな寝息をたててルイズは眠りについた。 表情だけなら、どこかの美姫そのものだった。 タバサは無言のまま、宿の天井を見つめていたが、やがてあきらめたように目を閉じた。 朝日が部屋に差し込む頃、ルイズはすでに起き出し、宿の中庭を散歩していた。 背中にはちゃんとデルフリンガーを背負っている。 「昔は練兵場って聞いたけど、今は見る影もないね」 ルイズは少年の口調で、デルフリンガーを少しだけ抜く。 慣れてくると、少年になりきって行動するのはなかなかに楽しい、面白い。 女のそれとは違った世界が見えてくるようだった。 普段の自分と切り離した、別の人生を歩んでいるようだ。 「今じゃただの物置場か。へ、時間の流れってのは残酷だねえ」 ルイズがあちこちに積まれている樽の一つに腰掛けると、感慨深げにデルフリンガーは言った。 「まるでお爺さんみたいだな?」 「そう言われてもいい気分はしねえが……ま、人間の感覚で言えばそう見えるかもな。何しろ俺様は何千年も前に造られたからよ」 「お前、そんな骨董品だったんだ?」 「もっと嫌な言い方だぜ、それ?! 俺様はバリバリの現役だ。骨董なんかじゃねえ」 「単純に古いって意味なんだけどな……」 「もっと悪い!」 「うるさいなー」 ルイズはつぶやき、デルフリンガーを鞘に納めた。 「何かご用ですか、子爵様」 そう言って、樽から降りた。 かすかに細めた目で。 「やあ、気づかれてしまったか」 少しばつの悪そうな顔で、物陰からひょっこりとワルドが顔を見せた。 「その剣が君の使い魔なのかい?」 ワルドはアンリエッタ姫殿下と同じようなことを言った。 「まあ、そんなようなものです」 ルイズも、あの時と同じようなことを言う。 ただ、あの時とは違って少年の声だけれど。 「しかしまさか、インテリジェンスソードとはな――」 「何か問題でも?」 「いや、そんなことはないさ」 ワルドは笑って、ルイズに近づいていく。 何か、嫌なものを感じる動作だった。 「すまないが、その剣、抜いて見せてくれないか?」 「なぜです?」 「興味があるからさ」 「そうですか……」 ルイズはすっとデルフリンガーを抜いて見せた。 ワルドはジッとデルフリンガーの刀身を見ていたが、ふと怪訝そうに顔を上げて、 「ルイズ、見たところ使い魔のルーンがないようだが……」 「は? 何をおっしゃってるんですか?」 ルイズは変な顔で、ワルドを見返す。 このおっさん、何を言ってるんだ? そんなニュアンスをたっぷりとこめて。 「ルイズって、誰ですか?」 「ええ?」 「それって、女性の名前ですよね?」 「いや……」 「昨夜も言いましたが、ボク、男ですよ」 何とも言いがたい、嫌そうな顔でルイズ……マルトーは言った。 「あ、ああ! そうだったな! いや、すまない。少し、知り合いの女性と似ていたものでね、つい」 ワルドはあわえたように苦笑して、羽根帽子をかぶり直す。 「それって、ボクが女っぽいってことですか?」 美貌の少年は口を尖らせる。 「まあ、それはそれとしてだ。マルトーくん、このインテリジェンスソード、ルーンが見えないが?」 「あ、そりゃそうでしょうねえ」 「そうでしょうねえって……」 「別に、正式な使い魔じゃないですから」 ルイズはあっけらかんと言った。 「しかし、君、さっき……」 ワルドは少し声を強くしたが、 「ボクは――そんなようなもの、としか言ってませんが?」 いかにもその通りだった。 ルイズは、別に―― さて、ワルド子爵様。これなるインテリジェンスソードがわたくしめの使い魔でございます、と宣言したわけでもない。 そんなようなもの、という曖昧なことしか言っていないのだ。 「なら、君の使い魔は……」 「【自分の部屋】に置いてきてます」 「そ、そうだったのかい?」 「何か問題でもあります?」 「いや、問題はないが……残念だな、君の使い魔を見てみたかったのだが……」 「見たってしょうがないと思いますけどね」 ルイズは言いながら、デルフリンガーを鞘にしまって宿のほうへ戻っていく。 「少し予定と違うな……。しかし、情報では彼女に間違いはずなんだが――」 一人残ったワルドは、ブツブツと独り言をつぶやいていた。 気に入らないやつだ、しつっこく人につきまといやがって。 ルイズは苛々しながら宿屋の廊下を歩く。 その異様な迫力にすれ違う人間は皆脅えて距離を取っていた。 しかし……。 置いてきた、か。 ルイズは少し歩調を緩め、にやりと笑った。 置いてきた。 大嘘もいいところだ。 使い魔は常に、自分と一緒にいるというのに。 ルイズは服ごしに黒いコスチューム、自分の使い魔を撫でて、笑った。 「さて、シエスタお嬢様のところへまいりますか」 つぶやき、男装の少女は【主】となっている女装少年の部屋へと向かった。 前ページ次ページGIFT
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「決闘だ!!」 朝食の席、そこで 土系統のドットメイジ。ギーシュ・ド・グラモンは声も高らかに決闘を宣言した。 理由は簡単。ギーシュ曰く『貴族の誇りを汚されたから』らしい。 だがその相手はというと、なんと平民のメイドである。 メイド――シエスタは小瓶を拾い、それをギーシュに渡そうとした。ところがそこから、彼が二股をかけているのがバレてしまったのである。 ギーシュは両頬に紅葉型の跡をこさえることになってしまった。 無論、シエスタに責任はない。 悪いのは二股をかけたギーシュである。 だが、そこで『自分が悪い』と認められるほど、グラモン家の坊ちゃんは大人ではなかった。 結果として、シエスタは貴族の憂さを晴らすため、生贄に選ばれてしまったのだ。 無論、殺すつもりまでは無かろうが、それでも女性に手を上げるのはいただけない。 今朝、そのメイドと親しい仲になったヴァリエール嬢は、当然の如くギーシュに抗議した。 「ギーシュ、そんなの貴族らしくないわ!! 第一アンタの『バラの流儀』ってやつはどうしたのよ!? 女の子には手を出さないんじゃなかったの?」 「僕の流儀に含まれるのは貴族だけだ」 その一言に我らがヴァリエール嬢はキレた。 クックベリーパイの恩義もある。 「ギーシュ! あたしがそこにいるシエスタの代わりに決闘を受けてあげるわ!」 「ほう。ゼロのルイズ。君は貴族同士の決闘は校則で禁じられている、というのを知らないのかな?」 「平民を魔法でいたぶる方がよっぽどよ!」 その言葉に、ギーシュは嫌みったらしく『アハハン』と笑う。 ちなみにギーシュと長い付き合いの友人たちはそれが『何か(よくないこと)を思いついた仕草』だと承知していた。 「なら、こうしようじゃないか。君の『使い魔』とこの僕が戦うんだ。これなら、僕たちが決闘したことにはならないだろう?」 嫌味の骨頂であった。 使い魔のいないルイズはこの戦いでは勝てようはずも無い。 提案されたルイズ自身が、そのことをよく承知していた。 ……いや、していたはずだった。 「それで、どうするんだい? ゼロのルイズ。僕が提案する平和的な決闘を受け入れてくれるのかな?」 ギーシュは自分の背景に薔薇を出しながら、尋ねる。 一方のルイズは顔をうつむかせ、その表情を窺い知ることは出来ない。 やがて、ゼロと揶揄された少女は顔を上げる。 それにあわせ、彼女の胸にある黄金錘が輝いた。 「…いいぜ! その決闘。受けてやる!!」 初め食堂にいる誰しも、そのたくましい言葉がルイズの口から出たとは信じられなかった。 「ちょっと。あの子、どうしたのかしら」 ルイズと隣室のキュルケは手に持っていたフォークを取り落とし、そのキュルケの隣にいたタバサも、読んでいた本から顔を上げた。 「え…っと。ミス・ヴァリエール・僕の耳が悪くなければ……」 「その決闘、受けてやるぜ キザ野郎!!」 正面を向いたルイズの顔つきは完璧に変わっていた。 造形ではない。雰囲気が。人格がもたらす空気が違う。 「な、な、な……」 「場所と日時を決めてもらおうか。こっちはいつでもいいぜ」 「ヴェ、ヴェストリの広場で午後一時に待っている。せ、せいぜいまともな使い魔を連れて来たまえ!!」 ルイズの『変身』に面食らった、ギーシュ・ド・グラモンは逃げるようにその場を去った。 それに合せるようにルイズの瞳が閉じられ、彼女本来の雰囲気が幼いその体に宿る。 「ミス・ヴァリエール! 大丈夫ですか!?」 「……ええ、なんとかね」 頭を押さえる。ルイズは実感していた。 自分の使い魔の正体を。 今朝、自分の耳に響いた声は幻聴ではなかった。 あれは『彼』が発した声だったのだ。 自分の掛けた黄金の三角錐に宿る、『彼』が。 そして、その三角錐に封じられた知識が、ルイズに告げていた。 『恐れるな。お前の召喚した使い魔を信じろ』と。 「シエスタ。嫌でなかったら決闘の立ち合い人として広場まで来てくれるかしら? ……無理にとは言わないけど」 シエスタは苦悩する。ルイズは自分を庇い、場を諌めてくれた。 だが、決闘に立ち合えば、自分の身が危うい。 「……失礼ですが、ミス。本当に決闘をされるおつもりですか?」 「ええ、勝つつもりよ。勝機もあるわ」 信じられぬ言葉だった。 ゼロのルイズが『ガラクタ』を召喚したのは魔法学院で働く平民達の間でも噂になっている。その役に立たないもので、彼女――ルイズは一体どうやって勝つつもりなのか? 決闘に勝つ確率よりも、自分が殺される確率が高いのは明白だった。 ―自分の使い魔(?)に絶望するあまり、ミス・ヴァリエールは頭がおかしくなった― そう考えるのが普通である。だがシエスタは違った。 彼女は応えたのだ。ルイズの友情に。 足を恐怖ですくませながらも、メイドは言い切った。 「ご一緒します。ミス・ヴァリエール」 かくして平民の少女、シエスタを初めとするトリステイン魔法学校の人々は、後に歴史に刻まれる戦いを眼にすることになる。
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前ページ次ページ魔導書が使い魔 「諸君! 決闘だ!」 大げさなポーズを取りながらギーシュが言った。 ヴェストリの広場に噂を聞きつけ集まった多くの生徒達がそれに同調するよう に応える。 広場には野次馬の輪ができ、その中心には3人。 「覚悟はいいかい。ルイズと平民の使い魔君」 1人はギーシュと。 「五月蝿いわね」 「御託はいい、さっさとやらんか」 ルイズとアルである。 口元をヒクヒクとさせながらも、ギーシュは薔薇の造花を突きつけた。 「さあルイズ、怪我したくないなら今のうちだ。僕にその無礼な使い魔と一緒 に謝るんだ」 多少は冷静になったのか、取引らしきものをさも名案とばかりに語るギーシュ。 「却下だ」 「するわけないでしょ」 だが当然のごとく2人は跳ね除ける。 ギーシュは一瞬硬直するも、余裕は崩さなかった。 「そうだな。このままでは決闘にもなりはしない」 それは相手が平民と“ゼロ”のルイズであるから、という明らかな嘲りと油断。 一方的な哀れみすらも持ち、ギーシュは語りかける。 「ハンデだ。僕はゴーレム1体で戦おうじゃないか」 薔薇の造花を振ると、花びらが1枚落ちそこから女性を模したゴーレムが現れる。 「どうだい? これが僕『青銅』ギーシュのゴーレム『ワルキューレ』だ」 惚れ惚れと言うギーシュに―― 先ほどから目の前でギーシュがなにか喚いている。 ルイズはそれを聞きながらもほとんどを聞き流していた。 頭の中を駆け巡るのは、緊張と不安と恐怖である。 かっとなったとはいえ勢いで決闘を受けてしまい今更後には引けない。 怖い……。 青銅でできたゴーレムの一撃は軽々とルイズを吹き飛ばすだろう。ルイズの攻 撃など青銅は意にも介さないだろう。 この手にあるのは一度も成功しない魔法を操る細い杖だけ。 なんと頼りないことだろう。なんと情けないことだろう。 心の弱い部分が今すぐ謝れ、逃げろと訴えてくる。事実そうしたほうが賢いの だろう。こんな戦いは無益だとわかっている。 ちらりと横を見る。となりにいるアルは腕を組み、まるで敵ではないとばかり に余裕の笑みでギーシュを見ていた。 ルイズは思う。負けるわけにはいかない、と。 杖を握り込むと、大きく息を吸う。頭に浮かぶはライバルたる赤毛の女。口は 勝手に動く。 「ギーシュ、早くしてくれないかしら。わたしはあの2人と同じでその長った らしい語りは告白だと思ってしまうわ」 ルイズは長々と口上を述べているギーシュに言った。 「――もちろん断るけど」 「――っ!」 ギーシュの表情から余裕が消える。 「いいだろう……。グラモン家の3男、ギーシュ・ド・グラモン。『青銅』の ワルキューレがお相手する」 ルイズはそれを見て、杖を掲げた。 「ラ・ヴァリエール家の3女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ ヴァリエール! 来なさい!」 「行け! ワルキューレ!」 薔薇の造花が振られ、ゴーレムが2人へと走り出した。 「やれやれ、名乗りとはまた悠長な」 そう言ってアルが動き出そうとしたとき、目の前に出された手で動きを制され る。 「……なんのつもりだ?」 動きを制す手を、ルイズをアルは見た。 ルイズは前を、近づいてくるゴーレムを見ながら言う。 「あんたは下がってて」 「なにを――」 「これだけは――譲れないの」 「――」 それになにを感じたのか。アルは口をつむぐと1歩後ろへ下がり。 「行くわよ、ギーシュ!」 ルイズはゴーレムへ1歩踏み込んだ。 時を同じくして学院長室。 「――と、言うことです」 「なんとまあ……」 ルーンついての経緯を聞き終えたオスマンは、椅子へと深く座り込んだ。 テーブルから水キセルを取り出すと吸い始める。 「意思を持ち、人に化けれる魔導書……跳ね返った契約……また随分とやっか いじゃのう」 プカプカと輪を作る煙を見ながらオスマンは呟く。 「それだけではありません!」 興奮したようすでコルベールは続ける。 「ミス・ヴァリエールに刻まれてしまったルーンは、この『ガンダルーヴ』と まったく同一なのです!」 「ふむ……伝説か……」 吐き出した煙が雲のように漂った。 コルベールは一瞬煙に顔をしかめるも、オスマンへと意を向けた。 「どう思います、オールド・オスマン」 「ふーむ……」 オスマンが腕を組み悩み始めたときだった。 突如ドアがノックされる。 「誰じゃ?」 「私です。オールド・オスマン」 それはミス・ロングビルの声であった。 「なにようじゃ?」 オスマンが促すと、扉越しに声が響く。 「ヴァストリの広場で、生徒達の決闘騒ぎが起こっています。教師達が止めに 入ろうとしても、集まった生徒達が邪魔で近づけないそうです」 「……本当に貴族という連中は……」 心から疲れたような声を出すオスマン。 「それで? 騒いでいる中心人物は誰かね?」 「1人はグラモン家のギーシュ」 「ああ、あの女好きの家系か。まーた女関係だろうな。それで、相手は?」 ため息をついたオスマンは、次の言葉で心臓が止まるかと思った。 「相手は――ラ・ヴァリエール家のルイズと、その使い魔です」 「――げほげほげほげほっ!?」 オスマンはあまりの驚きで蒸せる。 「よ、よりにもよって公爵家の娘になにをしておるんじゃ! グラモン家の馬 鹿息子は!」 このトリステインにおいて公爵家は王家に次ぐ地位を持っており、しかもラ・ ヴァリエール家は王家の血を遠く引いているという筋金入りの家系であるのだ。 さらにいうと、この学院の運営資金もかなりの部分でラ・ヴァリエール家の援 助を受けている。 怪我などされたらこちらが睨まれる。もし死ぬことなどあればこの学院関係者 全員の首が飛びかねない。 「教師達から『眠りの鐘』の使用許可が求められています」 「許可する! 即刻止めに行かせろ!」 「わかりました」 ロングビルの足音が遠くなる。 「オールド・オスマン!」 事情はわかっているコルベールは真っ青な顔でオスマンを見た。 オスマンが杖を振るうと壁に掛けられた布が剥がされ、等身大の鏡があらわに なる。 「ええい! 今はどうなっておる!」 鏡に向かい杖を振ると、鏡面にこことは違う景色が写り始めた。 汗は額から頬を伝い顎へ垂れ、落ちる。 振りかぶられる青銅の拳。 まるで猛牛のごとく襲い掛かってくるゴーレムを前に。ルイズは大きくバック ステップでかわし、素早く呪文を唱えて杖を突き出す。 「ファイヤーボール!」 だが火球は出ず、見当違いの場所が爆発し地面が抉れた。 「またかよー!」 げらげらと野次が飛ぶ。 「――っ!」 だが相手をする暇も悔やむ暇もない。ワルキューレが迫る。 またも大きく振りかぶられる青銅の拳。 (近い!) 「ああっ!!」 スレスレを通る拳を、思いっきり横に飛ぶことでかわした。 ゴロゴロと地面を無様に転がる。 すぐに次が来る。 そう思い立ち上がろうとしたとき、ゴーレムが止まっていることに気がついた。 顔を上げると、ギーシュが静かにこちらを見ていた。 「もう止めないか?」 なにを言っているのかわからない。 「わかっただろう。君は僕には敵わないことが」 「――」 「あれからもう10分ほど経ってる。君のしぶとさはわかったが、冷静になって 考えて勝ち目はないだろう?」 たしかに体は疲れきり、土にまみれている。 「その執念に免じて、謝罪しろとはもう言わない。だが、負けを認めてくれ」 唱える魔法は所詮失敗。爆発は一度もかすりもしない。 「僕は本来、レディには優しいんでね。傷つけたくはないんだ」 だけど。 ゆらりと立ち上がる。足は恐怖と疲れで震え、息は上がり、打開策も無い。 だけどっ。 だけどっ! 決して膝は屈しない! 「その杖を手放せば、もうそれで――」 杖を突きつける。 「いいから、さっさとそのゴミ人形で来なさいよ」 ギーシュの顔が瞬時に赤くなり、歪んだ。 「人がせっかく優しく諭せば! もう手加減はなしだ! ワルキューレ!」 どん、と今までにない速度で迫るゴーレム。 ルイズは動かず、口早に呪文を唱え。 「ファイヤーボールッッ!!」 前方が地面ごと爆発し、大きな土煙が上がった。 「……やった?」 そう油断したのがいけなかった。 土煙からゴーレムが飛び出してくる。 「――あ」 避けよう、そう思ったときにはすでに拳は振られている。 バキ、とへし折れる音がして、ルイズは殴り飛ばされていた。 今度は力なく地面を転がるルイズ。彼女は転がり続け、アルの前で止まる。 シーンと周囲の生徒達が黙った。 ギーシュは加減を誤ったかと顔を青くするが。 「……ふ……くっ」 まだ立ち上がるルイズを見て、安堵の息を吐いた。 なんとか、立ち上がるルイズだが。 「そこまでだな、ルイズ」 「……?」 「杖が折れている」 そう、ルイズの杖は真ん中から真っ二つになっている。 もはやそれでは、失敗でも魔法は使えない。 「これで君の負け――」 そう続けようとしたが。 「決闘のルールは、相手の杖を落とすまでよ」 ルイズの目はまだ続けると言っていた。 ギーシュは心底呆れたとため息を吐く。 「やれやれ。それじゃあ」 薔薇の造花を振る。花びらが1枚落ちるとそれは剣となる。ギーシュは剣を掴 むとルイズへと投げた。 目の前に転がった剣を見たあと、ルイズはギーシュを睨む。 「これはなに?」 「剣だよ。杖がそうなってしまっても戦おうというなら、それを使えばいい。 剣は平民がメイジへ対抗するために持つ牙だからね。ゼロのルイズ。魔法とい う牙がない君にはちょうどいいだろう?」 ギーシュはニヤリと笑った。 「…………っ!」 ギリリと歯をルイズが食いしばり、そのまま駆け出そうとしたが。 「うむ、遠慮なく使わせてもらおう」 後ろから声が上がった。 それはルイズが危険になってもずっと傍観していたアルであった。 戸惑うルイズを尻目にアルはしゃがみ剣を掴む。 「アル、わたしはメイジよ。剣なんか使わないわ」 そうルイズが言うが。 「剣ではなく、杖ならばいいのだな」 「そうよ、でも杖も」 視線の先、握られているのは折れた杖。 「ならば問題は無い」 「え?」 ルイズが顔を上げたとき、目の前で怪異が起こっていた。 アルは賞賛した、ルイズの気高さを、誇り高さを、その執念を。 だから杖が折れてもなお立ち向かおうルイズを見て、心動かぬわけはなかった。 目の前に剣が投げられる。 その時、彼女の中でなにかが動いた。 ――外的刺激による活性。目録一部復旧。 ――キーワード『剣』。現在復旧記述内における『剣』の項目を検索。 ――該当3件。うち、現状に適している物を選別。 剣を拾う。それは青銅で出来ていて、鍛えられてもいないこの金属は戦場では 使い物にならないだろう。 だが、その属性が剣であればそれでよかった。今の状態では1から作り出すの は負担がかかりすぎるのだから。 「――ヴーアの無敵の印において」 印を結ぶ。心に持つは鍛造の意思。 「――力を与えよ、力を与えよ、力を与えよ!」 指先に火が灯り、それを一気に柄から剣先まで這わせた。 剣が炎に包まれ、そこから現れたのは。 「――バルザイの偃月刀」 彼女にとって慣れ親しんだ武器であった。 「――」 野次馬が、ギーシュも、ルイズも含めこの場にいた全てが目の前の光景に息を 呑んだ。 呆然とするルイズへ、アルは偃月刀を投げ渡す。 「ほれ」 「ひゃっ!」 あたふたと受け取るルイズ。 「それは魔術的儀礼での術の媒体。剣にして『魔法使いの杖』だ。それならい いだろう」 「え? え? あんた今――」 「今は、そんなことを気にしている場合か汝?」 その言葉にハッとして前を向く。 そこには未だ混乱から覚めないギーシュがいる。 そうだ、今は気にしている場合ではなかった。 「……ありがと、アル」 できる限りそっけない言葉。それでも、言うだけで恥ずかしかった。 「ふん。我がここまで手を貸したのだ。圧勝以外は認めんぞ」 「当然!」 ルイズは剣を両手で握り締める。 「ワルキューレっ!」 混乱から覚めたギーシュが、その心を表すかのように薔薇を振るい。それに合 わせるようにゴーレムが動いた。 それは先ほどよりも速く、疲れ切ったルイズにはもはや避けようはない。 「――っ!!」 遠目で見ていたキュルケは、それを見てとっさに杖を抜くが。 (ここからじゃ間に合わないっ!?) 誰もが、ルイズが吹き飛ぶ場面を想像した。 だが。 「なんだ」 ルイズはその場に立っていた。 「なんだよ!」 その後ろで、左右に分断されたゴーレムがガラガラと崩れながら勢いよく地面 を転がる。 「なんだよ! それはぁっ!!」 剣を握るルイズの左手でルーンが輝いていた。 ルイズは驚いていた。 体は疲労し、立つのがやっとだったのに。剣を握った瞬間に、急に体が軽くな ったのだ。 剣はまるで長年使っていた愛用品のように手に馴染み、体は疲れも感じない。 理由はわからない、考えがまとまらず、思考は空回りするばかり。 剣? ルーン? アルの支援? ただ、左腕が熱い。 ああ今は余計なことを考えるのはやめよう。この熱があればどこまでもいける。 熱が、心に火を点す。 その熱に浮かされるように、剣を構える。 目の前では大いに取り乱したギーシュが、新たに6体のゴーレムを作り出して いた。 (相手は1体じゃなかったのかしら? まあいいわ、すぐに0になるんだから) 膝を曲げて、ルイズは思いっきり飛び出した。 体は羽のように軽く、宙を飛ぶかのように舞った。 次に行かせたワルキューレが6等分に分断されたのを見て、ギーシュは思わず 叫びそうになった。 先ほどまで逃げ回るだけだったルイズが、あの奇怪な剣を握った瞬間様変わり した。 まるでグリフォンのごとく優雅に素早く動き、竜のごとく苛烈に攻撃をする。 その身体能力は同じ人間とは思えないような変わりようだ。 剣も剣で。金属の中では柔らかいほうとはいえ青銅を音すら立てず、まるでバ ターのごとく切り裂いている。 だがなにより。ルイズの左手で煌々と輝くルーンが、ギーシュの目についた。 あれはなんだ? なぜメイジにルーンが? 自身の体にルーンを刻む魔法など ないはずだ。 「だから! なんだよそれはっ!」 新たに3体のワルキューレが縦、横、斜めとそれぞれ真っ二つにされた。 「くっ!」 残りのゴーレムは2体。 崩れたゴーレムの破片の中心、そこには荒い息を吐きながら立つルイズの姿。 ルイズはこちらを見る。 「――ひっ!?」 その鋭い視線に、体を貫かれたかと思った。 「――」 そしてルイズは力を溜めるかのように少し屈むと、こちらへ向かい、大きく飛 び上がった。 「わ、ワルキューレぇぇええっっ!!」 必死に残った2体に迎え撃たせた。 もう手加減もなにもない。ただ金属の塊をぶつけてやろうと思った。 ワルキューレがルイズの着地点に走る。 こうなったらルイズも終わりだろう。そうギーシュは確信した、が―― ルイズが空中で体を捻る。 握った剣は遠心力を生み、体全体を使い独楽のように回転した。 そしてそのまま着地点へと待ち構えていたゴーレムとすれ違い、着地。 ざざーっと殺しきれぬ力で、地面を回転しながら足の裏で滑り――止まった。 「…………」 「――――」 両者は無言。 周囲から驚きの声一つ上がらぬ中。 ルイズの背後で、ずるりとゴーレムの胴に切れ目が入り、滑り落ちる。 ガランとゴーレムが崩れる音をバックに、ルイズはギーシュへと歩く。 もはや茫然自失となっているギーシュの前で止まり、剣を突きつけた。 「あなたの負けよ」 それにガクガクとギーシュは頷いた。 「あ、ああ……僕の、負けだ」 ギーシュから背を向ける。 邪魔なので剣を放した瞬間、今まで感じなかった疲労感が急に押し寄せてきた。 ふらりと体が揺れる。 そして崩れ落ちそうになる体が、誰かに支えられた。 残った力でなんとか首を上げると、そこにはキュルケがいた。 「……やるじゃない」 言葉少なに言う彼女の顔には笑み。 なぜか恥ずかしくなって顔を背ける。 顔を向けた先には、こちらに向かい走ってくるシエスタと。 「ふん、まあまあだな」 ニヤリと笑うアルの姿があった。 意識が遠くなる。 (また、あんたは偉そうに……) 暗くなる視界の中、心で悪態をつきながらも口元には笑みが浮かんでいた。 「……なんじゃ、あれは」 学院長室。オスマンは『遠見の鏡』の前で魂が抜けたように呟いた。 その隣でコルベールは恐ろしいかのように言った。 「勝ってしまいました……」 鏡の中では、今頃『眠りの鐘』を持ってきた教師達が戸惑っている。 「ミスタ・コルベール。ミス・ヴァリエールに剣術の覚えは?」 「いいえ、少なくとも私は聞いたことがございません」 「となると」 「やはり、あのルーンの効果でしょうか……」 ごくりとコルベールは唾を飲んだ。 「これは大発見です! オールド・オスマン! あのミス・アル・アジフもそ うですが、これは伝説の再来です!」 興奮するコルベールにオスマンはあくまでも冷静だった。 「これ、落ち着かんか」 「あ……すいません。ですが、これは大変なことですよ」 まだ興奮覚めやらんといったコルベール。 「ふむ、それで。ミスタ・コルベール、君はこれをどうするのかね?」 「それはもちろん、王室に連絡し指示を」 「やめておけ」 そう言うコルベールを、オスマンは制した。 「なぜです?」 「ミスタ・コルベール。お前さんは生徒を王室やアカデミーの戦争の道具や研 究材料にしたいか?」 ハッとなるコルベール。 「い、いえ……そういうわけでは……」 オスマンは存在を忘れていた水キセルを咥えると、それを吹かす。 「うむ、わかっておる。お前さんは生徒をそんな目で見るような人ではない。 だがな、今こやつらを王室に報告すればそうなるであろう」 キセルから浮いた煙は輪を形作ると、そこにオスマンは息を吹きかける。 「平和なこの時代、戦の種なんぞわざわざ撒かなくてもよい」 輪は息に吹かれて崩れ去った。 「どちらにしろ、これはしばらく内密にことを進めるぞ」 「わかりました」 「君にはもう少し、『ガンダールヴ』について調べてもらう。いいかね?」 「はい」 言うが早いがコルベールが早々に部屋を出て行く。 1人になったオスマンは『遠見の鏡』を見る。 3人の女の子たちに囲まれ抱かれ眠るルイズの傍、放置されていた奇怪な剣が ザラザラと砂になっていった。 「……これは、伝説以上にやっかいなことになるかもしれんのう」 オスマンはルイズを囲っている女の子の1人。 銀髪の少女を見て静かに呟いた。 ――見られている。 そう感じたのは少し前であった。 だが、直接なにかをしてくるわけでもなく。視線から害はないと判断するとア ルはそれを無視していた。 目の前ではキュルケにすがりスースーと寝息を立てるルイズ。そしてルイズの 髪を愛し気に梳くキュルケがいる。 「本当に……勝っちゃったんですね」 アルの横でシエスタが呟いた。 「言ったろう。負ける道理はないと」 ふふん、と胸を張る。 一瞬目を丸くしたシエスタは、ふふと綻ぶように笑った。 ふと、アルはまた視線を感じた。 そちらを向くと、青い髪の少女がこちらをジッと見ている。 「……?」 なんだと思って声を掛けようとしたが。 「アルさん。キュルケ様がルイズ様を運ぶらしいですよ」 「うむ?」 シエスタの声に反応して、そちらを向く。キュルケがルイズを背負い、こちら を待っていた。 再び視線を戻すと、青い髪の少女はこちらに背を向け学院へと歩いていってい る。 「……ふむ?」 首をかしげるアルに、再度シエスタから。 「アルさん、キュルケ様行ってしまいますよ」 「ああ、わかったわかった」 まあ、どういうこともないだろう。そう思い、アルはキュルケの後を追った。 前ページ次ページ魔導書が使い魔
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前ページ次ページ五月蠅いゼロの五月蠅くない使い魔 第4夜 やります 翌朝。 着替えを済ませ、顔を洗い、二人は食堂に向かう。クリオは部屋に待機する。まだタマゴなので食事の必要はないのだ。 道中同じ方向へ歩く生徒からひそひとと話が漏れ聞こえてくる。 「ほら、昨日の……」とか「ぱねえっす」とか「太もも」とか「尻神様」とか聞こえてくる。 後の二つは置いといて、自分の使い魔が良い意味で噂になっているので、ルイズは鼻高々である。 「ゼロのルイズ、とうとう使い魔にも負けちゃったぜ……」 そんな声が聞こえてきたので、容赦なく当人を爆発させた。もちろん命までは取らない。 使おうとしたのは『ファイヤーボール』だが、結果はいつもの通りの爆発だった。 ルイズは一抹の黒い感情をくすぶかせながら、食堂に向かった。 「偉大なる始祖ブリミルと女王陛下よ。今朝もささやかな糧を我に与えたもうたことを感謝いたします」 祈りの声が終わり、朝餐が始まる。黒いマントが並ぶ二年生のテーブルに、一つ浅葱色のマントが混じっている。 いわずもがなマルモだ。 マルモは美少女な見た目ではあるが、見た目以上に大食いである。数々の修行や冒険で小食でも実力を発揮できるようになってはいるが、逆にそれらがマルモを大食いにさせていた。 マルモは次々にパンや肉を口に運んでいく。周りの生徒たちは呆気に取られていた。 そして、やや離れた所からそれを観察するのはタバサとキュルケ。タバサはマルモ以上に食事を進めている。 「あの娘、あなたほどじゃないけど結構食べるわね」 「負けられない」 今朝の食事はいつもより残飯が少なかったそうな。 朝食が済むと、生徒と使い魔は授業のため教室に移動する。その中にはマルモの姿もあった。 石造りの階段状の教室にルイズとマルモが現れると、先に教室にいた生徒たちが一斉に目を向けた。皆興味深そうな視線である。 一方のマルモは、生徒たちの使い魔に注目した。フクロウや猫などの魔に通じていない動物もいれば、ダークアイのように浮遊する目玉の生物もいれば、ライオンヘッドのような獣もいる。人間の使い魔はマルモだけだった。 ルイズが席の一つに腰かけ、マルモはその隣に坐る。本来はメイジの席であり、使い魔は坐らないのだが、食堂では坐るのに教室では坐らない理屈はないと判断して坐った。事実ルイズも注意はしなかった。 しばらくすると扉が開き、ふくよかで優しそうな中年の女性が入ってきた。帽子を被り、紫のローブに身を包んでいる。 彼女は教室を見回すと、満足そうに微笑んだ。 「皆さん。春の使い魔召喚は、大成功のようですわね。このシュヴルーズ、こうやって春の新学期に、様々な使い魔たちを見るのがとても楽しみなのですよ」 すると、シュヴルーズの目がマルモに止まった。 「おやおや。変わった使い魔を召喚したものですね。ミス・ヴァリエール」 とぼけたような声である。感情や魂の機微に敏感なマルモはその声に害意のないことはわかっているが、周辺の生徒たちにとっては格好の切り口となり、教室中がどっと笑いに包まれた。 「ゼロのルイズ! 召喚できないからって、メイジを雇って連れてくるなよ!」 太った少年が囃し立てる。ルイズが立ち上がろうとすると、マルモがそれを制して立ち上がった。 「五月蠅い」 その言葉は教室の隅々まで通り、教室中の笑い声が一瞬にして収まった。マルモの魔法の力が宿る言霊が教室を支配した。 「注意してくれてありがとうございます。では、授業を始めますよ」 シュヴルーズは、こほんと重々しく咳をすると、杖を振った。机の上に、石ころがいくつか現れた。 「私の二つ名は『赤土』。赤土のシュヴルーズです。『土』系統の魔法を、これから一年、皆さんに講義します。魔法の四大系統はご存知ですね? ミスタ・マリコルヌ」 さきほどルイズを馬鹿にした少年が当てられた。 「は、はい。ミセス・シュヴルーズ。『火』『水』『土』『風』の四つです」 シュヴルーズは頷いた。 「今は失われた系統魔法である『虚無』を合わせて、全部で五つの系統があることは、皆さんも知っての通りです。その五つの系統の中で『土』は最も重要なポジションを占めると私は考えます。それは、私が『土』系統だから、というわけではありませんよ。私の単なる身内びいきではありません」 シュヴルーズの話はなおも続く。 だがマルモは、シュヴルーズの話よりも、隣のルイズの方に気を配っていた。 さっきの嘲笑のせいで、ルイズが負の感情に支配されつつあるのをマルモは感じていた。 そのルイズの現在の心境は、劣等感が台頭しつつあった。今朝食堂にいく途中の生徒の言葉。そしてさっきの教室での出来事。 賛辞の言葉も、畏敬の念も、全てマルモへのもの。ギーシュとの決闘で、わたしはあんな鮮やかに勝てただろうか? さっきの教室の騒ぎを、わたしの言葉で抑えられただろうか? 否。わたしはマルモに到底及ばない、敵わない。魔法の才能、実力、そして人としての強さ。どれもこれも劣っている。 優秀な姉と比較されたときとはまた別の劣等感が、嫉妬が、どうしようもない怒りが、次々と湧き出てくる。 そしてその矛先がマルモに向かおうとしたとき――ルイズは激しい自己嫌悪に襲われた。 自分はなんてことを、マルモは何も悪くない。悪いのは私の無能無力、ゼロの才能。使い魔にも劣るゼロのルイズ。 「ミス・ヴァリエール! 聞いていますか?」 「は、はい!?」 自分の世界に浸っていたルイズは、授業を聞いていなかった。 「ちゃんと授業に参加してもらわないと困りますわよ。では、あなたにやってもらいましょう。 ここにある石ころを『錬金』で望む金属に変えてごらんなさい」 「わ、わたしがですか?」 「そうですよ。他に誰がいるというのです」 ルイズがとまどっていると、キュルケが困った声を上げた。 「先生」 「なんです?」 「やめといた方がいいと思いますけど……」 「どうしてですか?」 「危険です」 教室のほとんど全員が頷いた。 「危険? どうしてですか?」 「ルイズを教えるのは初めてですよね?」 「ええ。でも彼女が努力家ということは聞いています。さあ、ミス・ヴァリエール。気にしないでやってごらんなさい。失敗を恐れていては、何もできませんよ?」 「ルイズ。やめて」 キュルケが蒼白な顔で言った。 しかし、ルイズは立ち上がった。 「やります」 そして、緊張した顔で、つかつかと教室の前へと歩いていった。マルモはそんなルイズを心配して見詰める。 他の生徒たちは椅子の下に隠れたりしていた。 「ミス・ヴァリエール。錬金したい金属を、強く心に思い浮かべるのです」 ルイズは魔法に意識を集中させる。ここで成功しなくては、貴族として、マルモのご主人様として。マルモに合わせる顔がない。 ルイズは目をつむり、短くルーンを唱え、杖を振り下ろす。 その瞬間、机ごと石ころは爆発した。 その爆風はルイズとシュヴルーズを黒板に叩きつけ、椅子の下に隠れた生徒にも被害が及び、血が流れる。大小様々な使い魔が暴れだし、さらに被害が拡がっていく。 マルモは飛び出してルイズに駆け寄った。 ルイズとシュヴルーズは気絶しており、二人とも机の破片が当たったのか所々流血している。近くの生徒も頭から血を流して朦朧とし、教室の後ろにいた使い魔も暴れて傷ついている。 マルモはとっさに呪文を唱える。光が教室中のあらゆる生物を包み込み、傷を癒していく。全体回復呪文ベホマラーの効果だ。 ルイズの傷がふさがったのを確認して、マルモはほっとした。覚醒呪文ザメハを唱えてルイズとシュヴルーズを眠りから覚ます。 「あ……れ、マルモ…………?」 ルイズは目の前のマルモに少々驚いたが、すぐに事態を察した。 「そっか、わたし失敗しちゃったんだ」 呆けたようにルイズは呟く。 目覚めたシュヴルーズは自習を言い渡して教室から出ていってしまった。ルイズは罰として魔法を使わずに教室を修理することを命じられ、他の生徒と使い魔も教室を後にする。残ったのはルイズとマルモだけになった。 二人は黙々と作業に取りかかる。ルイズは爆発による煤を拭き取り、マルモは新しいガラスや机などを運んでいる。並の戦士よりは力のあるマルモにとってこんなことは重労働ではないが、ルイズには罪悪感が積もっていく。 やがて大まかに終わったところで、ルイズが口を開いた。 「ごめんなさい」 「……ルイズ」 「わたし、やっぱり駄目だった、ゼロのままだった。こんなわたしじゃ、マルモのご主人様だなんて、おかしいよね」 「ルイズ」 「ごめんなさい、マルモ。わたしなんかの……」 「ルイズ!」 マルモの大声にルイズはびくっと身がすくむ。今のマルモには食堂でギーシュに決闘を挑んだときのような意志の強さがあった。 「私は、ルイズに謝られる筋はない。私は自分の意思でルイズの使い魔になった。ルイズが謝る必要ない」 「でも! わたしはマルモに釣り合うようなメイジじゃない! わたしは、わたしは……」 糸涙が頬を伝い、零となって床に落ちる。そしてルイズは脱兎のごとく教室から駆け出した。 「ルイズ!」 すぐさまマルモも後を追うが、地の利はルイズにあった。上手い具合にマルモの追跡をかわし、マルモを撒く。 やがてルイズを見失ったマルモは足を止めて、別の方法で探すことにした。いかにマルモが賢者とはいえ、万事魔法で解決できるわけでもなく、人を探す魔法などマルモは使えないし知らない。 だが、マルモ独特の第六感ともいうべき能力がある。他の魂の存在を感じ取ることができるのだ。会ったこともない者の魂は漠然としかわからないが、近しい者だったらおおよそ見分けることができる。 目をつむり、意識を広げる。すると、すぐにルイズは『見つかった』。その場所は――。 ルイズが走りに走り、辿り着いた先は火の塔の階段の踊り場であった。この時間帯は、ほとんどこの場所に寄る人間はいない。 二つある樽の一つにルイズは入って隠れた。 そして、嫌が応でもさっきの教室での出来事が思い浮かんでくる。 わかっている、マルモの言葉が正しくて、本当の気持ちだってことは。 でも、わたしの気持ちも本当の気持ちだ。マルモがわたしに忠実だから、マルモがわたしに好意があるから、余計に心に刺が増えていく。マルモが素晴らしいほどに、わたしの嫌な所が見えてくる。 ああ、自分はなんて嫌な人間なんだろう。 「ルイズ」 びくっとルイズは身を振るわせた。樽の外から声が聞こえてくる。 マルモだ。 「ルイズ、話を聞いてほしい」 黙ったまま、ルイズはやり過ごそうとしている。マルモの声がルイズの胸を締め付ける。 「ルイズ」 とうとうルイズは耐え切れなくなって、樽の蓋を弾き飛ばして反射的に立ち上がった。 「ルイズルイズ五月蠅いわね! 何よ!」 ルイズはマルモの目を睨もうとしたが、代わりに床に目を向ける。今はマルモの目を見れそうにない。 「わかってるわよ!! マルモが正しくて、良い使い魔だってことは!! でもね、わたしの気持ちもどうしようもないくらい、真実なのよ! わたしはね、ずぅっと魔法ができなくて、努力して努力して、それでもまだ使えないの! マルモみたいな人には、わたしの気持ちは絶対わからないわよ!!」 一気にまくし立てたルイズは肩を上下させ、唾を飲み込む。 マルモはそんな様子のルイズに責任を感じていた。また再び自分のせいで大切な人を悲しませてしまった。 そのときの自分は、その人のもとから去ることで、解決したつもりになった。 しかし、果たして今回もそれで解決するのだろうか? 自分がルイズの目の前から消えれば、それでルイズは助かるのだろうか? 「ルイズ」 「……あによ」 「とりあえず樽から出よう」 言われてから、ルイズは自分が樽の中に立ったままであることに気付いて赤面した。 マルモとルイズは寮に戻り、部屋に鍵をかける。部屋にはマルモとルイズとクリオだけだ。 二人はベッドに腰かけ、横に並んだ状態になる。 「ルイズ、今から私は話をするけど、無視しても構わない。ここは元々ルイズの部屋だから、私を出ていかせてもいい」 「……わかったわよ」 そんなこと、できるわけないじゃない。 「私はルイズの悲しむ顔が見たくない。でも、私がいるせいでルイズが悲しむのなら、ルイズのもとを去ろうとも考えた」 「そんな! マルモがそんなことする必要ないわよ!」 悪いのは全部わたしだ。 「でも、それでルイズが悲しまなくなるかといえば、そうじゃない」 確かにわたしが魔法を使えないという事実は変わらない。 「だから、私は決めた。ルイズに修行をつける」 は? 「私の師匠も賢者だった。私も修行して賢者になった。だから、私もルイズに修行させて立派な魔法使いにする」 「……マルモ、わたしの話聞いてなかったの? それこそわたしも幼い頃から訓練してきたのよ? それにマルモは系統魔法を使えないじゃない」 「確かにその通り。だけど私は色んな所を旅して、色んな経験をしてきた。それを生かす」 「具体的にどうやって?」 「ルイズと一緒に冒険する」 「へ?」 「ルイズに足りないのは経験値と修行の質。修行の量だけはおそらく私と同じくらいだけど、手法に問題があるのかもしれない」 「…………」 事実ルイズはひたすら魔法を唱えることを繰り返してきた。もちろん読書で魔法について調べてもみたが、失敗による爆発の記述がなかったので結果としてそうなってしまったのだ。 でも、『賢者』を自称するマルモなら、異世界からやってきたマルモなら、違った方法を示してくれるかもしれない。 「……わかったわ、マルモ。わたし、マルモの下で修行する」 「ありがとう、ルイズ」 「それじゃあ、具体的にはどうすればいいの?」 「まず、私がルイズの実力をよく知ることが大切。だから……」 マルモはルイズに杖先を向けた。 「えっ、えっ?! ちょっとマルモ?!」 ルイズは飛び退ろうとしたが、マルモの呪文の方が早かった。 「モシャス」 「いやーーーーーーっ!! てあれ?」 ルイズの身には何ともない。むしろマルモの方がぼわんと煙に包まれた。 そして煙が晴れると――ルイズの目の前に、ルイズがいた。 「わ、わたし?!」 「そう。今の私はルイズ」 「きゃっ」 ルイズの目の前のルイズが、ルイズと同じ声で返事をした。 「マルモ?」 コクリと目の前のルイズが頷く。 「これは変身呪文モシャス。姿形だけじゃなくて、能力もそのままになる。当然、魔法も」 「へえーー……マルモってそんな凄い呪文も使えたのね」 系統魔法にも『フェイス・チェンジ』という呪文があるが、顔を変えるだけで体形や声までは変えられず、能力など況やである。 目の前のルイズは、少し腕を振ったりしたり首を捻ったりしていた。 「……確かにルイズは呪文を使えないみたい」 「あう」 目の前の自分に言われると少しショックだ。 「でも、魔法力はとても多い」 「精神力のこと? それは多分、今まで魔法が使えなかったせいね。使わない精神力は溜まる一方だから」 「精神力? 使わないと誰でもこうなるの?」 「うーん……それはちょっと……。なにせ十六年も魔法を使わないメイジなんて今までいなかっただろうし」 「私はこの世界の魔法について詳しいことはわからない」 「それじゃあ、どうせ今日図書館にいくんだから、勉強してみる?」 「でも、私のルーンを調べる方が……」 「魔法についてわからないとルーンについてもわからないわよ。ほら、ちょうど昼食の時間だし、さっさと食べてさっさと勉強よ」 「わかった」 「わかればよろしい。……マルモ、ありがとうね」 「だって、私は……」 「ルイズの使い魔、だからでしょ?」 笑顔で答えるルイズに、頷きで答えるマルモ。 雨降って地固まった二人は食堂に向かった。 ※モシャスについて ゲームのドラクエではMPまでは反映されません。この作品でのオリジナル設定です。 前ページ次ページ五月蠅いゼロの五月蠅くない使い魔
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前ページ次ページ異世界BASARA 夢を、ルイズは夢を見ていた。 夢の中でルイズは、池のほとりにある小船の中にいる。 うらぶれた中庭にある池…ルイズが「秘密の場所」と呼んでいる所だった。 「ルイズ、ルイズ」 そこへ、マントを羽織った貴族が現れた。 羽根つき帽子を被っているせいか、顔を見る事は出来ない。 「ルイズ、泣いていたのかい?」 「子爵様…」 ルイズは呟いた。 「また母上に怒られたんだね?安心して、僕がとりなしてあげるから」 そう言って手を差し伸べてくる。 ルイズは立ち上がり、その手を握ろうとした…が。 そこに風が吹き、貴族が被っていた帽子が飛んでいく。 「あ…」 そこに現れた顔は、ルイズの思っていた顔ではなかった。 「な、何やってるのあんた」 「さあ行こう、ルイズ」 貴族だと思っていた男は、自分の使い魔…幸村だった。 「行こうじゃないでしょ、何でここにいるのよ!」 「何って、僕の婚約者を迎えに来たんじゃないか」 ボク?こいつ今自分の事を“僕”って言ったのか? いつもは拙者と言っているのに…いや、それよりも婚約者とは何だ。 ルイズは困った顔でぐるぐると思考を巡らせている。 その反面、幸村はルイズを見て微笑んでいた。 こ、こいつ…静かにしてれば結構カッコイイかも… 「待て!貴様…僕のルイズに何をするか!!」 と、今度は別の男の声が聞こえた。 見てみると、羽根つき帽子を被ってマントを羽織った男…今度は本物の子爵様だった。 しかし、幸村は慌てる様子もなく、軽く子爵に向けて腕を振るう。 すると強い風が吹き、子爵は吹き飛んで池に落ちてしまった。 「やめてよね。本気になった僕に勝てると思ってるの?」 幸村はしれっと言い放つと、ルイズに向き直って微笑む。 「さ、行こうルイズ」 「ちょ、ちょっと!行かないわよ!離して!」 抗議するが、幸村は気に止める様子もなく、ルイズを抱きかかえた。 「何でよりによってあんたなのよ!離しなさーい!!」 ルイズは抱きかかえられたまま手足をばたつかせるが、幸村はただ微笑んでいた。 ルイズはそれが何だかとても恥ずかしかったのだ。 「う~ん…離しなさいよぉ…」 ルイズ殿……ルイズ殿…… 「何笑ってるのよ馬鹿ぁ…Zzz…」 ルイズ殿…ルイズ殿!! 「むにゃ…うん?」 「ルウゥゥイズ殿おぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!!!!」 「ほわあああぁぁぁ!!??」 突然の大声でルイズは夢から現実へと一気に引き戻される。 「おおルイズ殿!目が覚めましたか?」 「ユキムラ…」 目を覚ましたルイズはしばらくぼーっとしていたが、我に返った。 「あ、あんた私の部屋で何してるの?廊下で寝てたんでしょ?」 「はっ!何やらルイズ殿の呻き声が聞こえたので、駆けつけた所存!」 幸村は心配そうな表情でルイズを見ている。 さっきまで見ていた夢を思い出し、ルイズは顔を真っ赤にして俯いた。 「ルイズ殿、どこか具合でも悪いのでござるか?」 「べ、別に何でもないわよ…馬鹿…」 「…あれ?」 だがここでルイズは奇妙な事に気づく。 この部屋にはちゃんと鍵か掛けられている。そして幸村は鍵なんか持っていない。 ならば、どのようにしてこの部屋に入ったのか。 「ユキムラ、どうやってこの部屋に入っ…」 その答えは幸村の背後にあった。 壁に大穴が空いている。いや、元はそこにドアがあったのだが無くなっていたのだ。 「…ねぇユキムラ、あの穴は何かしら?」 ルイズは出来るだけ平静を装って、幸村に問い掛ける。 「ははっ!駆けつけようにも鍵が掛かっていたので、武田軍に伝わる『武田式開門』で扉を開放した結果にござる!」 『武田式開門』………閉じられた扉、門を蹴破る。もしくは引っぺがす。 「ふざけるなあぁぁぁぁー!!!!」 烈火の如く怒ったルイズの蹴りが幸村を吹き飛ばした。 「あんたは力任せで物を壊す事しか出来ないの!?」 「しかし!ルイズ殿の御身に何かあってからでは!!」 「うるさいうるさい!このバカムラ!アホムラ!サナダムシイィィー!!!!」 「…あーあ…だから止めとけって言ったのによぉ…」 廊下で、デルフリンガーはポツリと呟いた。 ――同時刻、チェルノボーグの監獄―― 城下で最も監視と防備が厳重と言われている監獄… その入り口の門の横に、1人の男が立っている。 「やれやれ…隠密というのは苦手だ…」 男はそう言いながら松明の炎を見ている。 「待たせたな…土くれを連れて来た」 男が炎を眺めていると、門から仮面を付けた男が出てきた。 その横には、トリステインを騒がせた盗賊…ルイズ達によって捕らえられたフーケが立っている。 「やぁフーケ殿…ご機嫌如何かな?」 「ご機嫌に見えるかい?こいつがあんたの言っていた連れ?」 男の言葉にフーケは苛立った声で言った。 仮面の男は頷く。 「ああ…目的は違えど、我等の仲間だ」 その言葉を聞いた男はフッと笑った。 妙な格好をした男だと、フーケは思った。このトリステインでは見た事のない服装である。 「変わった格好をしているけど、あんた何処の出身だい?」 「そうだな、遠い世界から此処へ呼ばれた……と言っても卿は信じないか……」 「はっ!別の世界から呼ばれただって?あいつ等みたいに?」 『あいつ等』…その単語を聞いた男の眉がピクリと動く。 「ほぉ…あいつ等とは誰かな?」 「私をこの監獄にぶち込んだ奴等だよ。確かユキムラ…いや、サナダユキムラだったね」 それを聞いた男の唇が不気味な程吊り上った。 そして、今度は笑い出した。 「ははははは、ふはははは!成る程成る程、人生はこれだから楽しいものだ。 いや、私の人生はあちらで一度終わっているから違うかな?」 いきなり訳の分からない事を言い出した男に、フーケは言葉が出なかった。 男は一頻り笑うと、2人を見て言った。 「さぁ行くとしよう。その者達に一度会いたくなったよ」 前ページ次ページ異世界BASARA
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前ページ次ページZERO A EVIL あの決闘の後、ルイズの日常は大きく変化していった。 ルイズと決闘したギーシュは、一時は命の危険もあったが、水の秘薬と治癒の魔法のお陰で一命を取り留めた。 ギーシュを振ったはずのモンモランシーは、ギーシュが運ばれた医務室にすぐさま駆けつけ、付きっきりで看病していた。 ギーシュが目覚めた時など嬉しさのあまり泣き出してしまい、ギーシュを困惑させるほどだった。 回復したギーシュは、以前とは違い他の女の子に手を出すことはなくなり、今はモンモランシー一筋になっている。 自分を看病してくれたモンモランシーに惚れ直したようだ。二人の仲睦まじい姿は、多くの生徒に羨ましがられていた。 ギーシュにとっては正に怪我の功名といったところだった。 幸せいっぱいのギーシュは決闘の事などすっかり忘れていたが、他の生徒達はそうはいかない。 あの決闘を見たり、聞いたりした生徒達のほとんどが同じ事を考えていた。 “次は自分の番かもしれない” ルイズはギーシュのワルキューレを破壊できるほどの力を持っているし、何より恐ろしいのはあのスピードだ。 メイジが魔法を使うには詠唱をする必要があり、それには少し時間がかかる。 あのスピードで突撃されたら、詠唱中に攻撃を食らってしまい、ギーシュと同じように医務室行きだろう。 奇襲をかければ勝てるかもしれないが、失敗した時は自分の命が危ない。 そんな命懸けの戦いに挑む生徒がいるわけもなく、多くの生徒が導き出した結論はルイズを避ける事だった。 それは陰でルイズの悪口を言っていた平民達も同じだった。 教師達もルイズに対して避けるような対応をする者が多かった。 決闘の後にルイズは学院長室に呼ばれたが、注意を受けただけで何の処罰もなかった。 オスマンは、ギーシュがルイズを侮辱していた事、決闘はギーシュから申し込んでいる事、ギーシュの命に別状が無い事等を罰しない理由に挙げていた。 だが、以前からオスマンはルイズを贔屓目で見ていると思っている教師も多かったので、納得のいかない者も少なくなかった。 結果として、ルイズを避ける教師が増えてしまったのである。 こうしてルイズは、馬鹿にされる事はなくなったが、みんなに恐れられ避けられる存在になってしまった。 そんなルイズに対して、今までどおりに接する者もいた。 ルイズの隣の部屋に住んでおり、ルイズの事をよくからかっていたキュルケだ。 生徒達の間では、ギーシュの次に医務室送りにされるのはキュルケだろうと噂されていた。だからきっと、キュルケもルイズを避けるだろうと誰もが思っていた。 だが、そんな予想とは裏腹にキュルケのルイズに接する態度はいつもと変わらなかった。 むしろ、魔法は使えなくてもそれを補えるような力を隠し持っていたルイズに対し、『微熱』の二つ名を持つキュルケは対抗心を燃やしていた。 最近は親友である青い髪で無口な少女、タバサに付き合ってもらい魔法の特訓をしているようだ。 そして一番の変化といってもいいのは、メイドのシエスタがルイズの側によくいるようになった事だ。 ルイズの事を放っておけないシエスタが、よく世話を焼くようになったからである。 他のメイド達がルイズを怖がって近づかないため、まるでルイズ専属のメイドのように見える。 最初は戸惑っていたルイズだったが、自分の事を信じると言ってくれただけでなく、優しく抱きしめてくれたシエスタと仲良くなるのに時間はかからなかった。 今では、シエスタはルイズの事を親しみを込めて「ルイズ様」と呼んでいる。 ルイズはシエスタにそう呼ばれて嬉しいはずなのだが。 「貴族を名前で呼べるのは光栄な事なのよ。あ、あなたの忠誠心に答えて許可してあげるんだからね」 と、またしてもプライドが邪魔をして素直な気持ちを言葉にすることはできなかった。 だがシエスタは、素直になれない不器用なルイズの性格を知っていたので、特に気にもしなかった。 そんな感じで二人の関係は良好だった。特にルイズは、この学院に来てからほとんどしていなかった親しい人との会話を楽しんでいた。 あの決闘以来、左手のルーンが光を放つ事も、不思議な力を発揮する事もなかった。 使い魔の石像も変化は無く、今では多くの生徒達に待ち合わせ場所の目印に使われていた。 そして、あの不思議な夢も見ることはなかった。 だが、ある日の夜。 ルイズは寝る前にシエスタに髪を梳かしてもらっていた。 桃色がかったブロンドの長い髪はルイズの自慢であり、毎日の手入れは欠かせないのだ。最近はシエスタに髪を梳かしてもらうのが日課のようになっていた。 髪を梳かし終わったシエスタを見送るために部屋の外に出ると、そこをキュルケに目撃されてしまった。 「あら、ルイズじゃない。今日もお気に入りのメイドをはべらせてご満悦みたいね」 「こ、この子はそんなんじゃないわよ!」 「ふーん。男が寄り付かないから、てっきりメイドの女の子に手を出してるのかと思ったわ」 「どうしてそうやっていやらしい事しか考えられないのかしら。これだからゲルマニアの女は嫌なのよ!」 いつものように口げんかが始まり、側にいるシエスタはおろおろするばかりだった。 「まあ、あなたのような貧相な体じゃ色恋沙汰とは無縁でしょうけど」 「ななな、なんですって!」 「本当の事を言っただけじゃない。精々これからの成長に期待でもしなさいな、それじゃあね」 そういってキュルケは自分の部屋に入っていった。後には悔しがるルイズとシエスタだけが残される。 「な、何よ、あの女! ちょっと人より胸が大きいからって!」 「ルイズ様、女は外見より中身で勝負ですよ!」 シエスタは励ましてくれるが、自分より胸が大きいシエスタに励まされても嬉しくなかった。 シエスタと別れた後、着替えて眠ろうとするが、苛々しているせいでなかなか眠ることが出来ない。 今日は嫌な夢を見そうな予感がした。 ルイズは夢を見ている。 前と同じ不思議な夢を…… 夢の中のルイズは葉巻を咥えた大男だった。 ルイズには多くの子分達がおり、無法者の荒くれ集団クレイジー・バンチと呼ばれ恐れられていた。 ある時、サクセズ・タウンという街に金があるという噂を聞きつける。 ルイズは金を手に入れるために子分達と街に訪れ、街の住民達の生活を脅かしていく。 だがある日、街に行っていた子分のパイクがある男に敗れて逃げ帰ってきた。 別行動していた他の子分二人も、その男と後から現れたもう一人の男に敗れたと聞き、ルイズの怒りが燃え上がる。 ルイズは復讐の為に、子分達全員を引き連れてサクセズ・タウンに向かった。 たった二人に自分達が負けるはずがない。それに自分には最強の武器であるガトリング銃がある。 ルイズは自分達の勝利を確信していたが、街に入った瞬間予想外の事態が起こる。 街には罠が仕掛けてあったのだ。ルイズは罠のせいで多くの子分を失ってしまう。 数少ない残った子分達と二人の男に戦いを挑むがルイズは敗れてしまう。 敗れたルイズは本当の姿へと戻っていく。 ルイズの正体は、スー・シャイアンの連合軍によって全滅させられた第7騎兵隊の生き残りの馬だった。 馬に死んだ騎兵達の恨みと憎しみが宿り、ルイズが生まれたのだ。 場面が切り替わり、ルイズの姿も変わる。 次のルイズは拳法家であり、義破門団という拳法家集団の頭領を務めていた。 義破門団に仲間意識は無く、ただ同門なだけであり信頼関係などとは無縁であった。 同門であっても隙があれば命を取られる。真の強さとは、そこまでしなければ求められないとルイズは思っていた。 義破門団の他にも、大志山という山に拳法使いの老人が居り、心山拳という拳法を弟子達に教えていた。 肉体より精神に重きを置き、人としての強さを追及する心山拳は、ルイズの考える強さとは正反対であった。 自分とは違う強さの考え方を持つ心山拳の老師とは、いつか戦う事になるだろうとルイズは思っていた。 そして、その機会は意外と早く訪れる。心山拳の老師がいない隙をついて門下生達が、老師の弟子達を襲ったのだ。 弟子の仇を取る為に、老師と生き残った一人の弟子がルイズ達に戦いを挑んできた。 老師と弟子の力はかなりの物で、義破門団の精鋭達が次々と敗れ去っていく。 そして遂に、老師と弟子はルイズの前までやってくる。ルイズも暗殺拳の使い手の二人を呼び出し、最後の戦いが始まろうとしていた。 だが、老師は暗殺拳の二人と戦い始め、ルイズの相手を弟子に任せたのだ。 ルイズはこの若い弟子が自分に勝てる訳がないと思っていた。 しかし、老師は弟子に心山拳の奥義「旋牙連山拳」を託していたのだ。弟子が放つ奥義を喰らいルイズは敗れてしまう。 ルイズを倒した弟子は、力を使い果たした老師の最後を看取り、老師の死に涙を流していた。 そしてまた場面が切り替わる。 だが今度のルイズは今までと違い、山の頂上のような高い場所で下にいる二人の人物を見ているだけだった。 一人は金髪の剣士風の男、もう一人は長い黒髪のメイジ風の男だった。 どうやら黒髪の男が金髪の男に一方的に話しかけているようだ。黒髪の男の話は、金髪の男に対しての恨み、妬み、憎しみに溢れていた。 そして、黒髪の男は最後の言葉を言い放つ。それは、金髪の男への憎しみが込められた魂の叫びだった。 「あの世で俺にわび続けろ、オルステッドーーーーッ!!!!」 その言葉を聞いた瞬間、ルイズは跳ねるようにベッドから飛び起きた。 「はぁ…はぁ…はぁ…」 まるで全速力で走った時の様に息が乱れている。 男の最後の叫びは、忘れる事ができないほどの衝撃をルイズの心に与えていた。ベッドの上で息を整えようとするが思うようにいかない。 男の一方的な会話を思い出そうとしたが、その部分だけがまるで霞がかかったようにぼやけており、思い出す事ができない。 だが、オルステッドと呼ばれた金髪の男に憎悪の感情をぶつける男の姿は鮮明に思い出す事ができた。 あそこまで誰かを憎んだ人間を見るのは初めてだった。 ふと、自分も我を忘れてギーシュを殺しかけた事を思い出す。シエスタのお陰で今まで忘れていたが、一歩間違えれば自分は人殺しになっていたのだ。 そう考えると急に体が震えだす。 ベッドの上で息を整えながら、両手で自分の震える体を抱きしめていると、無性にシエスタに会いたくなった。 シエスタに抱きしめてもらいたいと考えている自分に情けなさを感じるが、自分一人では体の震えは止まりそうもなかった。 幸い今日は虚無の曜日なので、授業は休みである。 ルイズは着替えを済ますと、シエスタに会うために部屋を後にした。 しばらく探し歩いていると、食堂でシエスタを見つけることができた。 思わず走りだしそうになるが、何とか踏み止まり、小走りでシエスタに近づいていく。 「おはよう。シエスタ」 「あ、ルイズ様。おはようございます」 笑顔であいさつしてくれるシエスタを見た瞬間、体の震えも止まり、夢のせいで陰鬱だった気分も晴れやかなものになっていく。 顔には無意識に笑みが浮かんでいた。 「何かいいことでもありましたか?」 「どどど、どうして!」 「いえ、朝から嬉しそうな表情をしていらしたので」 「べ、別になんでもないわよ。シ、シエスタに会えたから嬉しかった訳じゃないんだからね!」 恥ずかしくなったルイズは慌てて否定するが、誰が聞いても本音を喋っているようにしか思えなかった。 「そうですか。それより、朝食がまだでしたらすぐご用意できますよ」 「あ、うん。お願いね」 ルイズは、シエスタが厨房に向かって歩いていくのを眺めながらある事を考えていた。 シエスタに会って少し話をしただけで、あの夢も自分の身に起こっている不思議な事も忘れることが出来る。 ルイズはシエスタに心から感謝すると共に、シエスタが自分にとって大切な存在になりつつあるのを感じていた。 ちょうどそのころ、学院長室ではオスマンとコルベールが難しい顔で話し込んでいた。 「どうじゃね、ミス・ヴァリエールの様子は?」 「あの決闘騒ぎ以来、特に問題は起こしておりません」 「そうか。彼女のルーンがガンダールヴの印だと君から報告を受けた時はどうなるかと思ったが、どうやら心配のしすぎだったようじゃの」 ルイズとギーシュの決闘が行われていた時、オスマンはコルベールからルイズのルーンについての報告を受けていた。 コルベールの調べでは、ルイズのルーンは伝説の使い魔『ガンダールヴ』の印と同じであるらしい。 だが、始祖ブリミルと共に闘った伝説の使い魔のルーンが、使い魔の主人であるルイズに刻まれているのは不可解であった。 二人がそのことについて議論をしていると、オスマンの秘書であるミス・ロングビルが何やら慌てた様子で学院長室に入ってくる。 ルイズが決闘でギーシュに重傷を負わせ、その場から逃走したというのだ。 その後、ルイズやその場にいた多くの生徒達から事情を聞いたオスマンはルイズを処分しない事を決める。 教師達の反発も予想されたが、『ガンダールヴ』のルーンの事を公にするわけにはいかなかった。 この事が王宮に知られてしまえば、ルイズが戦争の道具に使われてしまう可能性もある。オスマンはそれだけは避けたかった。 結果として、ルイズは生徒だけでなく教師にまで避けられるようになってしまったが。 「最近はメイドの一人と仲良くしているようで、笑顔で話している姿も見かけますな」 「それは良かった。あのままではミス・ヴァリエールが不憫すぎるからのう」 ルイズが一人で孤独に過ごしているのを不憫に思っていたオスマンは、ルイズを理解してくれる者がいることを我が事のように喜んでいた。 「ところでオールド・オスマン。例の王宮からの知らせについてですが」 「うむ。土くれのフーケという盗賊がトリステインを荒らしておるという話じゃったな」 「ええ。魔法学院の宝物庫も狙われる可能性があるので注意するようにと」 「宝物庫には強力な固定化の魔法がかけられておるし、外壁自体も頑丈に作られておる。あまり心配はいらないと思うがの」 「あの壁を破るとなると、相当な物理衝撃が必要ですからな」 トリステイン魔法学院の宝物庫は強固な守りを誇っている。フーケがいかに優れた盗賊であろうとも、簡単に突破できるものではなかった。 「連中が心配しているのは“破壊の杖”じゃろうな」 「危険すぎるので厳重に保管するようにと王宮から託された物ですな」 「あの杖の破壊力は人が使っていいものではないからのう。盗賊なんぞに奪われたら一大事じゃわい」 そんなオスマンとコルベールの会話を学院長室の前で盗み聞きしている者がいた。 オスマンの秘書ミス・ロングビルだ。だが、その正体はオスマン達が話していた土くれのフーケその人であった。 前ページ次ページZERO A EVIL
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前ページ次ページZero ed una bambola ゼロと人形 ルイズはアンジェリカを抱きしめたまま眠りについていた。 「アンジェ…泣いているの?」 朝日が昇るほんの少し前に目を覚ましたルイズはアンジェリカが寝ながら涙を流しているのに気付く。ルイズはアンジェリカを自身の胸元にギュッと抱きしめる。 「ごめんねアンジェ。わたし、こんなことしか出来ないの」 ルイズはアンジェリカが目を覚ますまでずっと抱きしめ続けるのだった。 アンジェリカが目を覚まし以前のように水汲み場へ行ってもそこにシエスタの姿はない。 「ルイズさん。シエスタちゃんがいませんよ?」 きょろきょろと辺りを見回しながらルイズに尋ねる。 「そ、そうね。どうかしたのかしら?」 分かっていた事だった。シエスタがアンジェリカを避けていることなど……。 「時間が惜しいから早く洗濯済ますわよ」 「はいルイズさん」 あのモット伯の屋敷で何かがあった。シエスタがアンジェリカを避ける決定的な何かが……。 「ねぇアンジェ…」 「どうかしましたかルイズさん」 アンジェリカがルイズの瞳を覗き込む。 「やっぱりなんでもないわ」 「?」 やっぱり怖くて聞けない……。 しばらくの間二人は何もしゃべらずに黙々と洗濯を続けるのであった。 ルイズは洗濯が終わり厨房へ向かおうとするアンジェリカを引き止める。 「今日から食堂で一緒に食べましょ」 「え?」 足を止めルイズの方へ振り返ったアンジェリカ。 「だから、一緒にご飯食べるって言ってるの!」 顔を赤くしてアンジェリカにぶっきら棒に言い渡した。アンジェリカはそんなルイズをみて笑顔を浮かべるのだった。 二人そろってテーブルに着いたが、ルイズは食事を取る前にある人物を指差しアンジェリカに問いかけた。 「あいつのこと覚えてる?」 そういってモンモランシーとギーシュを指差す。 「モンモランシーさんと…あと一人は何方ですか?」 首をかしげながら答えるアンジェリカ。 「じゃあ、あいつは?」 次いでキュルケとタバサを指差した。 アンジェリカはしばらくその方向を眺めながらも……力なく首を左右に振った。ルイズはそれをみて考え込む。 『アンジェはこのことを自覚しているのかしら…』 「ルイズさん…」 「何アンジェ?」 アンジェリカの呼び声にハッとして答える。アンジェリカはルイズの瞳をじっと見つめながら口を開いた。 「あの、私忘れてるんですか…大切な人を忘れてたりしていませんか?」 そういうアンジェリカの顔には不安がありありとでていた。 「大丈夫よ。ちょっと聞いてみただけよ。だから気にしないで」 少しでもその不安を和らげようと気休めの言葉をかける。 本当はもっと色々聞きたいのだがそれをしてしまえばアンジェリカを傷つけてしまうのではないか。そんな不安からこれ以上聞くことも出来なかった。 「さあ早く朝食を済ませましょう」 気が滅入ってしまう……この話題を打ち切り目の前の朝食に取り掛かるのであった。 Zero ed una bambola ゼロと人形 何事もなく時間は過ぎていく。そして日が暮れ始めた頃、アンジェリカとルイズに向かってキュルケが声をかけた。 「ルイズ! まちなさいよ!」 キュルケの大きな声にピクッと反応するルイズ。それを最初は無視しようかとも思ったがさすがにそれは出来ない。しぶしぶその足を止める。 「何か用?」 「何か用じゃないわよ。アンジェちゃんが起きたんでしょ?何であたしに言ってくれないのよ」 「別にあんたには関係ないでしょ」 ぶっきら棒に答えるルイズ。だがキュルケはそんなルイズを無視してアンジェリカに話しかけた。 「はぁい。アンジェちゃん久しぶり~。元気? あたしのこと覚えてるかな?」 「ちょっと、わたしを無視してるんじゃないわよ!」 騒がしい二人をよそにアンジェリカは静かに答える。 「ごめんなさい。覚えていないです。お名前教えていただけますか?」 「は?」 アンジェリカの回答に声が出ないキュルケ。思わずルイズに詰め寄る。 「ヴァリエール笑えない冗談を吹き込むのはやめて貰えないかしら?」 「冗談じゃないのよ…」 ルイズは少し怒ったようなキュルケに向かってぼそりと呟くように答えた。 「あなた何言ってるの?」 ルイズは自分をからかっているのではないだろうか。キュルケはそう思いながら呆れたように言った。 「そうよ、冗談だったらいいのに…。アンジェリカが記憶を失うなんてわたしも信じたくないわ」 ルイズは俯きブツブツと呟く。 「アンジェだって自分の症状のこと自覚しているし……」 その声はだんだんと小さくなり次第に聞き取りにくくなっていく。 「ちょっとルイズ何言ってるの?」 ルイズは俯いたまま小さく声を上げるがよく聞き取れない。 「ああもう! ここじゃ何だから外にでも行って散歩しながら詳しく聞かせてもらうわよ」 「わかったわ」 ルイズも気分転換になるかもしれないと同意する。 「アンジェちゃんもそれでいい?」 キュルケは笑顔でアンジェリカに話しかけた。 「ルイズさんが行くのであれば私も行きます」 それにアンジェリカも笑みで返す。 「それとね、あたしの名前はキュルケよ。もう忘れたら嫌よ?」 優しい声で名前を再び教え、アンジェリカにウインクをする。 「はい、キュルケちゃん」 Episodio 21 Insegni un nome 名前を教えて 前ページ次ページZero ed una bambola ゼロと人形